釣り好きだった小学生の頃、一人で延岡の祖父の家に泊まりに行った。釣りに詳しかった祖父は仕掛けを買ってやる、と私を近所の雑貨屋に連れて行ってくれた。
『釣りんコツば仕掛けにあるとよ』
祖父のこの一言には重みがあった。長年、延岡の山で暮らしていただけあって川魚の習性を知りつくしているのだ。糸とルアーさえありゃいいと思っていた都会育ちの私には祖父の姿が頼もしく映った。今日は一体どんな魚が釣れるのだろう。胸は高鳴るばかりであった。
その雑貨屋は祖父の友人“たけやん”の店だった。たけやんは挨拶がわりにコップに酒を汲み、祖父に差し出した。祖父は仕掛けの『し』も言わずコップ酒に手を付けぐいっと呑み、たけやんと駄弁り出した。もちろん田舎の雑貨屋に客などいない。
店の前にたけやん手製の池があった。『鯉を眺めといで』と言われ小一時間ほど錦鯉を眺めた。だが一向に宴が終わる気配はない。
孫を放擲し老人達は呑み続けた。祖父はもう何を買いに来たのかさえ忘れていた。その姿を見て小学生ながら合点が行った。酒癖も悪く日頃飲酒を咎められていた祖父は私が来た事で呑む口実が出来たのだ。祖父にとって私はばあちゃんを欺く為の“仕掛け”だったのだ、と。
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