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イラストレーター、DJ ヨシダキョウベイ[Kyobei]/大阪芸術大学美術学科中退/伊勢志摩マニア お仕事のご依頼は kyobeya@gmail.com まで。

2011年2月11日金曜日

ヒーロー困憊 ― バトル・オブ・大トン 南海通りの決斗

足も痛けりゃあばらも軋む。背中にゃ打身にミミズ腫れ。肩も凝って仕方がない。全身これ筋肉痛…。嗚呼早く酒呑みてえ…。
週5日もの休肝日と重労働を終え、週末の夜、男は千日前にいた。
ハードな週だった。鬼はくるわ蛇は出るわ、空から宇宙船が攻めて来たかと思えば地からテレスドンが現れ収拾がつかぬ程忙しかった。
なんとなればいつものように大きくなってしまえば仕事もはかどるのだが、それとて三分しか持たぬから手際の良さが求められ体力だけでなく頭も使わねばならない。そんなわけで今週はもう完全にオーバーワークだった。

大阪焼トンセンター
だが、それら疲労困憊の日々も今宵の一献があるから忘れられるのだ。いつもの店のいつもの酒が、男の心を空しき闘いの世界から解き放ってくれる。
大阪焼トンセンター。通称“大トン”。南海通りから千日前通りへ続くアーケードが果てた辻を南に折れるとすぐにある、新進気鋭の立ち呑み屋だ。
男はビニールシートの被いをくぐり中に入った。『いらっしゃいませ!』従業員の朗々たる声が男を迎え入れてくれた。誰も男があの銀色のデカブツだとは知らない。面が割れてないのだ。そこが男にとってこの店を好きな理由の一つでもあった。今宵も気兼ねなく楽しませてもらおう…。男はそう思いながらいつものカウンターに陣取った。頭上から電車の吊革が垂らされてあるカウンター。立ち疲れたらいつでもどうぞというわけだ。なるほど面白いアイディアである。

風の森
三重錦
焼トンをおまかせで五串註文すると男は入口にある冷蔵庫にて今宵の酒選びを始めた。ここでは地酒と壜ビールはすべてセルフサービスとなっている。常時30種以上並んだボトルの銘柄とにらめっこすることしばし、まずは“風の森”から始める事に決めた。奈良は御所(ごせ)の酒だ。
『おっ“風の森”かい?いいねえ!葛城山系の水がいい味を醸しだしているんだよねー』
誰かと思い振りかえると、顔なじみの鱒戸(ますと)さんだった。鱒戸さんはこの店の常連で地酒に詳しい男である。どこか気弱でさえないサラリーマンの彼は、この店ではいつも同僚の穴子(あなこ)氏相手に家族の愚痴をこぼしているのが通例であった。無理もない。鱒戸さんは海産物と似た名前のとある一家に婿入りしていた。嫁はかなりの恐妻で、お魚くわえたドラ猫の捕縛に血道を上げたり、奸計に長けた砂消し頭の弟に懲罰を加えるのが趣味と、いささか虐待嗜好の持ち主であった。鱒戸さんももれなくこの嫁の尻に敷かれる日々を送っていたのだ。ストレスから解放される為にここへ来ているという意味では男と同じ立場であり二人が意気投合するのも自然な話だった。
『君がそれなら僕はこれ!“三重錦”だ』さすが鱒戸さんだ。男が選んだ風の森(葛城山系)に対して鈴鹿山系の伏流水で作られた“三重錦”で迎えようというわけだ。
『今日はアナコくんが付き合い悪くってねー。ちょうど話し相手を探していたとこなんだー』
各々酒をグラスに注ぐやようやく週末がスタートする。疲弊した二つの魂は杯を重ね話に華を咲かせながら焼きトンを味わう。部位はバラとジューシー・ハーツ(心臓)である。精がつき滋養強壮この上ない一品。鱒戸さんはつき出しのコールスローを貪りながら酒を楽しんでいた『ぼかぁ愚痴はこぼすけど酒はこぼさない主義でねぇ~』

バラ(左)ジューシー・ハーツ(右)
ところがこのささやかな宴のさなか、どうにも先程から目につく、無粋な奴輩が彼らの傍にいた。
ホール係の女性を捕まえ、延々くだらない質問や無駄知識をひけらかしては一方的会話を楽しんでいるのだ。店は繁昌しており、女性が配膳業務に忙殺されているのが誰の目にも明らかだというのに。おそらく自分の想いしか頭にないのだろう。傍目に見ても卑しい人物だった。客である以上ぞんざいに扱うわけにも行かぬから詮無く相手しているのが分からぬのだろうか。しかもこの輩、女性従業員にはデレデレと長話をかます癖に男性従業員や料理人に対しては居丈高『おいタクアンくれ!』とメニューに無いものをオーダーし無理矢理作らせたかと思えば『塩が全然効いてないやないかこれ』などと文句を垂れていやがるのだ。なんとも横柄極まりない態度である。
カシラ(頭頂部)
コブクロ(子宮)
フク(肺)
この輩の振舞にさすがに男も鱒戸さんも我慢できなくなって来ていた。職業病というか、持ち前の正義感から男は疲れた体に鞭を打ち、やれ一言物申してやろうと思ったのだ。鱒戸さんもめずらしく勇を鼓し、忠告を試みようとにじり動いていた。
ところが、彼らが踏み切る直前、別のテーブルで呑んでいた一人の客が先に動いた。輩に向かって突然こう言い放ったのだ。
『立ち呑み屋で安く上げようなんて無粋だな』
この瞬間、店の空気がさっと凍りついた。輩も自分に物申す奴が現れた事がいささか信じられない様子で、緊張を感じたのか口髭が不安に歪んでいた『な、なんやと、お、お前こらあ…』輩はちんけだが、ありったけの凄みを利かせた。
だが首に赤いマフラーを巻いたこの客は勇気の塊だった『スナックでちゃんとチャージを払って呑み給え』と言ってくいっと杯を空けるなり、怯むことなく言葉を続けたのだ『そこの“ハイキャバレー・ユニバース”にでも行ったらどうだ?話相手はいっぱいいる筈だぜ』
おお!皆が思っていた事をズバリ言ってくれた!店内の誰もが次の瞬間どっと笑って拍手喝采した。ところが言われた当の輩は顔面を紅潮させ怒髪天を衝いて血管をぴくぴくさせていた『おもしれえ!俺様に文句があるんなら相手してやろうじゃねえか!おい!表へ出ろ』
こう言うなり輩とその客はビニールシートをくぐり店の外へ出て行った。

店内にいた誰もが、このストリート・ファイトを観戦しようと二人の後を追った。ところが二人を追って南海通りまで押し寄せた時点で既に勝敗は決していた。勇んで市街戦に誘ったものの輩はあっという間に千日前の夜空へと蹴り飛ばされ、味園ビルのネオンに首から突き刺さっていたのだ。無理もない。南海通りに立つあの客はいつのまにか風車のくるくる回るベルトを腰に巻いたバッタの化け物に変わっていたからだ。“蹴り”で有名なあの改造人間の姿に。夜風に赤いマフラーが靡いている。
思わぬ有名バッタ・ガイの登場に皆、色めき立った。握手を求める者やTシャツの背にサインをせがむ者まで現れる始末。やんややんやの拍手喝采である。鱒戸さんは一緒に写ろうと写メまでお願いしていた『鱈坊よろこぶぞ~』
だが男だけは別だった。浮かれる鱒戸さんを野次馬の中に残しそそくさと一人大トンのカウンターへと戻ったのである。
“いけねえ!あいつぁ同業他社だ!”
男は俯き加減そう呟いた。
彼らの世界にも組合があり、住み分けを求められていたのだ。よしんば競合する場合はどちらかが退くというのが暗黙のルールだった。退かなければトラブルの元である。男は先月、赤青緑黄桃に色分けされた五人組の部隊と縄張り争いで揉めたばかりだったのだ。
会津娘
雪がすみの郷
男は冷蔵庫から新たに“会津娘 雪がすみの郷”を取り出し新しいグラスに注いだ。外の盛り上がりに興味が無い振りをしながら“カシラ”と“テンプル”を註文し見守った。そしてふと言い知れぬ不安を感じたため、内ポケットに手をやり、忍ばせていた“アレ”を何気に探った。するとどうだろう、いつもそこにある筈の“アレ”がないのだ。
周章狼狽して男はポケットというポケットを調べた。だが無かった。床に落としたのかと思い、屈んで探ったがどこにも見当たらない。周囲のテーブルもくまなく眺めたがどこにも置いていなかった。懐中電灯型の“アレ”は。
どこかに落としたのかも知れない、この店に来るまでのルートや記憶を辿りながらカウンターを凝視していると、そこに先程まであった筈の皿や、呑み干したグラスがあらかた片付けられている事にようやく気付いた。いつのまにか洗い場へとはけられていたのだ。
そしてその事に気付いた次の瞬間。男は我に帰った。そして叫んだ『そ、それさわっちゃだめだ!』だが一足遅かった。洗い場から『じょえやぁっ』という奇声が聴こえ、閃光とともに店長がみるみる巨大化して行くのが見えた。 

翌日の朝刊の見出しにはこうあった。

『飲食店従業員、店舗ならびに周辺商店全壊に』

カシラ(左)テンプル(右)
おしまい


〒542-0075 大阪府大阪市中央区難波千日前3-19


※ストーリーは全てフィクションです。

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