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イラストレーター、DJ ヨシダキョウベイ[Kyobei]/大阪芸術大学美術学科中退/伊勢志摩マニア お仕事のご依頼は kyobeya@gmail.com まで。

2011年9月8日木曜日

キョべ屋短編劇場: 半径5mのラブソング


三平は過日オートバイを購入したばかりなので恐らくはそれに跨って来るだろうと思いきや、GジャンにGパンといったおよそ冬の運転には頼り無いであろう出で立ちで玄関に現れた。どうやら吹きすさむ十二月の風に耐えきれず新車の御披露を諦め、いつもの軽自動車でやってきたのだった。
開演時間まで二時間ほど余っていたので三平を部屋に招き入れ、バイクの話を皮切りにしばらく駄な話を繰り広げた。しかし話が伊藤のバンドの事から伊藤の嫁の事にまで及ぶと自分の口調が愚痴めいた物になっているのに気付き、自重すべく話を切り上げ、全国御当地味巡り的TV番組を見た。おかげでお互いに空腹感を覚え、ライブ観覧前に飯でも摂ろうかと早めに家を出ることにした。
玄関から軽の助手席に着くまでの間、私はこの冬一の寒風に吹かれながら三平が単車をやめにして正解だと実感していた。シートベルトをしめながら三平は白い息を少し弾ませ、こちらの想像どおりの質問をしてきた。
「ノリオ何食べる?俺何でもいいけど」
私は半ば呆れながら用意しておいた答えを返した「大正区辺りで御飯物にしようぜ、ハコのすぐ近くでファミレスも多いしな」
「ハコって何?」
「ライブハウスの事やがな」
「へー」三平はハンドルをきって駐車していた場所から車を道路に戻し、発進させ、また想像どおりの言葉をつらつらよこした。「とりあえずノリオにまかせたから道順教えてよ」
こん畜生、と私は思った。相変わらずいつものとおりってわけか。こいつは一体いつになったら自分で物事を決められるようになるんだろうか?いつだって漠然とやって来ては『何しよう?』『どうしよう?』『何処行こう?』の繰り返しじゃないか。まったく、無計画にも程が有るぜ。こいつと来たら一から十まで誰かにお膳立てしてもらわなければ気が済まないらしいや…などと内心苛立っていると三平がぽつりと言い放った。
「いい店が見つかったらすぐ言ってな、すぐ車停めるし」

 夕闇の中、さほど賑やかではない住宅街をぬけ、港湾地区行きの電車が走る高架線路の下に沿うように伸びる道路を西へ向かった。三平にとっては不慣れな道だがその方角が大正区への近道になるはずだった。
三平側の、即ち運転手席の外に見える高架下の景色は薄暗く、支柱らしき鉄骨が凍えるように立ち並んでいた。私の座っている助手席側の窓からは閑散とした歩道が見え、街路樹が強風に傾いでおり、私の視界に冬の寒さをより一層強調せしめていた。
「伊藤さんのバンドの出番って何バンド目なん?というか、調子どうなの?」
「えっ?」私は一瞬返事に窮し、曖昧模糊な答えを見繕った「んー、さぁ、多分うまいことやってんじゃない?」
「そう、よかった」三平は訊いてはみたがどうでもよいといった感じでフロントガラスの先を見つめながら手際よく次の質問に移っていた「タミちゃん元気かなぁ、伊藤さんとの新婚生活うまくいってんのかなぁ?」
「まー、うまくやってるでしょう」
「最近会ったりしてないの?」
「うん、まあね」そう気楽に会えるものか。私は勝手にカーステレオに手を伸ばしCDのスタートボタンを押した後、思い出したかのように言葉を繋いだ「あいつらの結婚式の二次会以来かなぁ…」
車内に曲が流れた。聴き覚えのある安物のロックだった。だらだらとくだらないギターによるくだらないイントロの後、どうしようもないボーカリストによる半径5m圏内の恋愛を描いた歌が延々続いた。典型的FM局押し売りソングだ。
 悪寒。永久凍土。富士の樹海…。三平の音楽センスを疑い私はうんざりしながら押し黙っていた。ところが三平が思わぬ事を言った「これ、俺が中二の時にノリオに薦められて買ったCDなんだぜ、憶えてる?」
「えっ!」虚を衝かれ、恥ずかしさに私は顔が真っ赤になった「そ、そうだったっけな…」
「そうだったけな…ってなに言ってんのさ」三平は続けた「三年前にもノリオ、伊藤さんとタミちゃんと呑んだ時、カラオケで歌ってたよ。これ」もはやフルチンで小学校のピロティに立たされている気分だった。だが三平はお構いなく続けた。…実はあの頃さー、この曲全然良さが解らなくてずっと聴かずに放ったらかしにしてたんだけどね…この間何も聴く物が無くて久しぶりに聴いてみたら案外良くてさー…。私は何も言えず、心の中で再度三平の音楽センスを訝った。三平はなおも続けた「ギターがいいよね、特にイントロのフレーズが何というか、こう、クールな感じでいいよね」
「あ、はは、は、そう…だね?」私は苦虫を千匹噛み潰して応えた。三平はCDにあわせてメロディを口ずさみ出した。が、しばらくすると交差点に差し掛かり車を減速させ(口ずさむのを止めて)こちらを向いた
「まだ真っ直ぐ進むの?」
「うん、まだまだずっとな」
交差点を通り抜けた時、三平側の窓に反対車線を行くバスの灯りが横切った。外はすっかり暗くなっており道路を照らす街灯が寒風とともに宙を舞っては過ぎ去って行った。
 三平はまたメロディにかまけ始めたが私は半ば気にならなくなっていた。それよりも三平が先程言った三年前の日々を思い出し様々な事が胸に去来していた。窓を過ぎ去る灯り。安物のロックミュージック。コーヒーを飲み、ガムを噛み、眠気を振り払い運転する伊藤と、その傍らでシートのリクライニングを倒しメロディにかまけている私。後部座席ではすやすやと寝息を立てているタミコ。山陽自動車道パーキングエリアでのミーティング。車内後部座席でタミコと始めて手を繋いだ夜。ライブハウスやクラブ・イベント、CDショップでのインストアライブ…私達三人が紡いだハーモニーの数々、それがいつから狂ってしまったのか。遠い過去の様にぼやけながらも、部分的に生々しい記憶が、窓の外、夜の闇に傷口を開けていた。あの頃私達三人は確かに半径5m圏内に居たのだ。伊藤はあの頃よりギターが巧くなったのだろうか?…
「これ、まだ真っ直ぐ行くの?」
「えっ?」三平の言葉に我に返り前を向くと二つめの交差点に差し掛かっていた
「あ?ああ、まだ、まだ、真っ直ぐ、真っ直ぐ」
その瞬間、のろのろと逡巡しながら進む車を急かすように後続の冷凍トラックが勢いよくクラクションを轟かせた。三平は慌てて速度を取り戻そうとしたが、後続車はそれぞれ呪いの表情を見せながら一台、二台と我々を追い越して行った。
つられて三平も呪いの表情をこちらに向けた。
「しっかりしてくれよなぁ、俺、道しらねぇんだしさー」
「ごめんごめん、俺ナビゲートする役目忘れてたわ」少しの怒気を孕んだ三平の言葉を受け、三年前の思い出から姿勢を正しつつ私は慌てて付言した「えーっと、確か信号があと三つか四つ来たら右折の筈だから」
 しばらく直進を続けていると道路に面して商店の櫛比する区域に入った。弁当屋、ペットショップ、喫茶店、酒屋、それぞれがそれぞれのルクスを晧晧と道端にばらまいていたが相変わらず街路樹の枝が風に震え、寒波に身をすくめた人々が辺りを三々五々歩いているといった寒々しい光景に変わりは無かった。一際光量の目立つ大型古書チェーン店でさえ、その郊外型の広き駐車スペースに車もまばら、小学生や主婦の物と思わしき自転車が放縦に散立しているのみだった。
「こんな所にブックオフなんて在ったっけ?」と三平が言った。
「うん、つい最近出来たんだけど、本もCDもあんまりいいの揃って無いからなー、あるのは『マディソン郡の橋』ばっかりだしさ…」といいながら思い出したかのように私は続けた「あ、次の交差点で右折な」
「でも、見たところDVDのコーナーもあるし、『ゴッド・ファーザー』くらいは有るんじゃないの?」店舗を左横目に三平は私のナビゲートをすっ飛ばして言った。減速する気配も無く、差し掛かった交差点をもすっ飛ばそうとしていた。
「三平そこ!」私は声を少し荒げた「そこで右折だってば!」
「えっ??ぬぁぁここか!?もう一つ向こうかと思ってたよ!」三平は慌ててハンドルをきって交差点を乱暴に右へ折れ、勢いそのまま反対車線を渡ろうとした。助手席側の窓からは高架を支えている柱がすぐ真横にあった。そこから三平が車の前輪部分を反対車線側に出した瞬間、柱の影から射るような光が近付くのを感じた。見ると4WDのバンがこちらへ迫って来ていた。恐怖で蒼ざめながら私は叫んだ「危ない!三平!車来た!クルマ!」
「え?…うわ!」三平は車を急停止させたが運悪く車体の半分は既に反対車線に乗っかっていた。バンのクラクションが轟いた。
「うわ!うわ,うわ、どうしよ!」三平は叫んだ。急ブレーキを踏んだ為エンストを起こした車は、突進するバンに対して左の横っ腹を見せたまま動こうとしなかった。
「早く!早く!三平!」
迫り来るヘッドライトの光。急ブレーキをかけているのだろう、バンから悲鳴のような音がしたがすぐにそれは路面をスリップする時の摩擦音に変わっていた。
 私はもがくように叫んでいたがバンの装飾的なフロントグリルがありありと視界に入って来た時点で叫ぶのを止め、半ば死を覚悟し、反射的に両手で頭を蔽い身を屈めた。


 次の瞬間、頭蓋を揺すぶるような音と衝撃が走り、窓ガラスが粉々に砕け、飛び散り、ドアが何者か動物的な力によって圧されてひしゃげ車体ごと弾き飛ばされるのを感じた。金属的破裂音、圧倒的な力、飛び散る破片、それらを一斉に浴びせかけられ、私は目を閉じたまま固まっていた。


 「大丈夫かノリオ!怪我無いか?ノリオォ!」動揺と恐慌に満ちた声で運転席の三平が私を揺すぶっていた。
(お、おー、俺…まだ生きてる?…か?)私は内心確認するように呟いた。すぐに意識があるのが解った。しかしあまりの出来事に言葉がすぐに出なかった為、三平は尚も私を揺すぶり続けた。
「ノリオ!しっかりしろ!ノリオ!」
私は茫然としながらも上体を起こし、辺りを見廻そうとしたが左眼に窓ガラスの破片が入っており目を開くことが出来なかった。
「ノリオ…大丈夫か?何処か怪我してるんじゃないか?」三平が今にも泣き出しそうに声を震わせた為、私は慌てて返事をした。
「あぁ、なんとか、無事みたい…」目をしぱたかせ、指先で破片をこそぎ落として辺りを見廻した。側面のドアは見事なまでに凹み捻じ曲がって、私の太腿に寄り添うようにくっついていた。あと少しで左脚を丸ごと食い尽くさんとばかりに、先程までドアだった鉄片がふくらはぎから爪先にかけて乗っかっていたが、痛みも殆ど無く、容易に足を抜くことが出来た。
窓はすっかりガラスが抜け落ち十二月の寒波が容赦無く車内にも吹き荒れていた。
「あぁ、俺、さっきノリオが死んじゃったと思ってさ…」三平が安堵の表情を見せながらも申し訳なさそうに言った「本当に何処も怪我はないの?」
「うん、なんとか無事みたい、でもこれ、すごいことになったな。修理ももうアウトじゃない?」私もナビゲートを任されていた分申し訳ない気持ちがした。三平はそんな事気にするなと言って視線を外に向けていた。
外では、フロントグリルが跡形も無くひしゃげ、バンパーはへこみ、鼻っ面を潰されてあらぬ方向を向いているバンの巨躯があった。右のヘッドライトはもげ落ちてどちらの物とも判別しづらい路上の破片に紛れ、ワイパーは折れ曲がり宙を指していたがフロントガラスはなんとか無傷のようだった。そのガラス越しに車内に男女の姿が認められた。どうやらあちらも無事のようだった。
私は体中に浴びた破片を払い落としながら後部座席にゆっくりと移った。その動作はゆっくりではあったが、あまりのスムーズさに逆に自分は今死んでいるのではないかとさえ疑う程、肉体が軽かった。脳が身体の重みを忘れているのだ。
三平はボクシングのレフェリーの様に私が無事かどうかと再三確認した後、寒さに身をすくめながら車外に出て行き、思わぬ事態に不貞腐れたような表情をしたバンの運転手らしき男と何やら話し始めた。だがすぐにもそれは怒号と罵声の入り交じったものに変わって行った。バンの助手席にはふくれっ面の女が携帯をいじくっていた。
しばらくしてパトカーとオートバイに分乗した五、六人の警官がにやにやとやって来た。検分の合間にナイターの試合経過を挟みながら二人の免許証や車検証を調べてにやにやと世間話をしていた。
私はそれらを後部座席より見つめながら終始まどろんでいた。冷たくなったシートに身を横たえているとまるで車輪付きの柩に居るような気がして生きた心地がしなかった、というより自分が生きてるかどうかすら怪しいものだった。
目に映る現実すべてが覚束無い物に思え瞼を閉じてみた。ところが次の瞬間、聞き覚えの有る音がして慄然とした。

ちゅゅゆんっ ぱらぱら ぱーらぱ
ちゅゅゆんっちゅぴろぽん ぷーへぷー
らーぶ らーぶ せかんどらーぶ…

先程までぶつかったショックで鳴りを潜めていたカーステレオが突然息を吹き返し、身も凍えるようなハッピー・サウンドをスピーカーより轟かせ、ガラスのぬけ落ちた窓から事故現場に半径5mラブソングを流し始めたのだ。警官が慌ててこちらへ怒鳴った「こら!エンジンを切りなさい!危ないだろうが!」私は何もしていない旨伝えたが信じてもらえなかった。だがそんな事よりも頭皮に微かな痛みを感じてならなかった。髪を手櫛で掻き分けたところ窓ガラスの破片がぱらぱらとフケのようにちらばり落ち、頭頂部から血がしたたか滲み出ているのが判った。その時何故か私は伊藤の事を思い出した。そして真っ暗な車内で時刻を確認すべく腕時計を見ようと試みた。だがすぐにも止めた。無駄な事だ。それよりもライブを観に行けない口実が出来たのだ。そう思うと何故か喜びに似た感覚がよみがえって来た。車内には安物のロックが流れていた。私は生きている。

2011年8月24日水曜日

キョべちゃん離島を行く 真夏の伊勢志摩旅行part2

  
 2011年夏。残暑も厳しい中、いかがお過ごしでしょうか?私はこのお盆も伊勢志摩へと行ってまいりました。『そろそろネタ切れなのでは?』『馬鹿の一つ覚えみたいによく行くね~』『ほんとに馬鹿なのでは?』と心配の声もよそに、なんのなんの未踏の地はまだありますよ、とばかりに性懲りもなく行ってまいりました。 
 というわけで、この夏ラストの伊勢志摩旅行記であります。
 
 まずは、近鉄宇治山田駅から徒歩で数分の倭姫宮(やまとひめのみや)を初参拝致しました。第十一代垂仁天皇の皇女倭姫命(やまとひめのみこと)を祀った社であります。倭姫命は元々皇室にて祀られていた天照大御神を伊賀・美濃・近江を経て最終的にここ伊勢の地に鎮座させました。いわば神宮がこの地にあるのも倭姫命のおかげなのであります(社殿の撮影をしたはずなのですが、うっかりデータを失くしてしまいました。なので唯一残っていた石段の写真でイマジネーションを働かせてください。いきなりすいません…)
 
 その後、隣接する神宮徴古館、神宮美術館、農業館にて収蔵物を観覧し、てくてく歩いて猿田彦神社、伊勢神宮内宮を参拝した後、おはらい町~おかげ横丁で食事をしました。

 おはらい町~おかげ横丁で食欲にエンジンがかかってしまった私は、そのまま伊勢市駅方面へとてくてく歩き、「向井酒の店」にて一杯ひっかける事に致しました。てくてく。
暖簾をくぐれば…


うまし酒!
 いや~てくてくし過ぎて疲れた体に酒がしみるしみる(写真はいわしの酢漬けと蛸の煮物。純米吟醸「酒屋 八兵衛」の冷酒)。
 
  というわけで、この日は宿にほろ酔い加減でチェックインし就寝致しました。いやーこの日はほんとてくてく歩いた。足の裏にまめが出来てましたもん。 

 翌早朝、旅の恒例となった二見興玉神社の夫婦岩の朝日遥拝を済ませ、いざ今回の旅のメインとなる離島探検へと向かいます。
鳥羽は佐田浜港に出来た新しいターミナルよりフェリーに乗りまして…
いざ、出航!伊良湖水道を東へ!
波に揺られる事小一時間。あれに見ゆるは…
目的地の「神島」であります!
港からすぐ、坂だらけの神島の町を歩き、
八代神社へと通じる214段の階段を上ります。
 八代神社のご祭神で
海の神様「綿津見命」(わだつみのみこと)を御参りした後、神社脇にある道をぐんぐん歩きます。
ぐんぐん、ぐんぐん
あ、ぐんぐん、ぐんぐん(愛知県がすぐそこに見えます)…
あ、ぐんぐん、ぐんぐん…神島周遊の旅!天気に恵まれ、景色も最高!
…と言ってる間に神島灯台に到着。
神島灯台
伊良湖水道を一望出来るとの事ですが残念ながら灯台の中には入れないようです。
灯台脇から伸びる細い道を上がり、ジャングルの中を進みます。蝉の鳴き声が轟く中、頭上にはアサギマダラ(蝶)が優雅に飛びまわって花の蜜を吸い、足元にはメタリックなチビトカゲが突然の来訪者に驚いて逃げまわっておりました。まるで熱帯。多々良島。レッドキングが現れなきゃいいが…と、フザケた男が密林を汗だくになりながら進む事数分…

「監的哨跡」(かんてきしょうあと)に到着致しました!三島由紀夫氏の小説「潮騒」にてクライマックスに登場する場所であり、第二次大戦時、試射弾を監察した場所であります。ただしここも残念ながら八月から工事が始まっており中に入る事が叶いませんでした。

 「監的哨跡」前に設えられたベンチに腰掛けしばし休憩。パンをもぐもぐ茶をずずずと啜っていると伊勢神宮外宮にいる友人から「豪雨が来た」との情報が入りました。外宮さんのある伊勢市までは距離があるから大丈夫だろう、と高を括り、茶啜りを続けていましたが、しばらくすると、こちらも俄に空がかき曇ってまいりました。雨粒もぽたぽたと落ちて来ます。どうやら本格的に雨雲がこちらまで近づいて来ているようなので、ゴロっと来る前に早歩きで港への道を進みます。もはや景色を楽しむ事もなく突き進みます。
 おかげでなんとか雨が本降りになる直前に無事港に到着する事が出来ました。しかし、戻ったはいいものの出航まで一時間以上も時間が余っております。そこで、島唯一の呑み処、食堂「さざ波」の暖簾をくぐる事に致しました。

まずは麒麟クラシック・ラガーの大ビンを手酌でいただき、次いで「黒龍」の常温と地元でとれたアジの塩焼きをいただきました!塩が効いててその上プリっとした食感。さすが伊良湖水道の海流に揉まれただけあります。干物だというのに弾力があり身がひきしまっておりました。
 満席の為、相席させていただいた地元漁師の方と呑みながら島の魅力についてのお話を聞くうち、サザエや蟹を豪儀にも振舞って戴きました。ありがとうございます。お腹も心も満たされたところで船の最終便の時間となり、泣く泣く神島を後にしました。また必ず再訪することを心に誓いながら。
船で鳥羽に戻った後は、しばし街を散策した後、JR参宮線にて宿のある二見浦駅に戻ります。
 宿のある町に着くと、お盆の施餓鬼会(せがきえ)法要が執り行われておりました。風呂に入って一日の汗を流したい所でしたが、この機会を逃してなるまいとカメラを抱え見学します。すると、法要に参加されていたおばあさんからどうぞ列に加わるようにと促されました。ここの土地の者ではない事を伝え遠慮致しましたが、どうぞ気になさらずに、と仰って頂いたので私も参加させて頂く事にしました。思えば今年は友人や尊敬する方、大震災で亡くなられた方、多くの方々が惜しくも鬼籍に入られました。それらの方々に思いを馳せ、今一度哀悼の意を表すべく僭越ながらも祭壇に手を合わせ、ご焼香を上げさせて頂きました。

 法要終盤に和尚さんのありがたい説話を聞いた後、宿に戻り、ようやくひとっ風呂浴び一日の汗を流しました。そして床に就き、窓の外、山中からこだまする虫の音を耳に仰臥するうち、夢の中へと簡単におちて行きました。
 さて旅も最終日の朝となりました。お世話になったこの部屋に別れを告げ、チェックアウトを致します。朝日がまぶしい。

 宿がある大江寺の境内にはお地蔵様もいっぱい佇立しております。蝉もいいところを選びましたね。

石段沿いに吊られた風鈴がすずしい音色を運んでいます。さようなら大江寺。また来る日まで~。

…さて、最後に大好きな志摩地方の海を堪能しないとやはり夏を味わった気がしません。後悔のないよう、足を志摩市まで伸ばします。
志摩市阿児町は国府(こう)の街並み
特徴的な生垣(防風林)の小路を抜けると…
遠浅の海がどこまでも広がっています。

 クロマニヨンズの歌に「海はいい」という歌があります。ここ国府(こう)の浜辺に訪れる度その歌の一節「 …海はさよならホームラン…」という歌詞が胸に去来致します。日常の何もかも海の前では全てゲームセットになってしまう。それを実感させてくれる程、広大な海が眼の前に開けているのです。
 小一時間程、潮の香りや波のざわめき、海水の肌触りを堪能した後、タイムリミットとなりました。名残惜しさに後ろ髪ひかれながらも帰りのバスに乗り駅へと向かいます。駅に着くと同時に雨が降り始め、街中を濡らし始めました。余計寂しさが募ってまいります。帰りたくない気持ちに襲われますが時刻通り、電車はやって来ます。自分を押し殺して近鉄電車に乗り込み、窓の外を眺めながら今回もまた伊勢志摩旅行に幕を下ろしました。
車窓からの眺め。雨上がりの濡れた道。空気がとても澄んでいました。



 さて2011年、夏。7月と8月、二回に分けて、伊勢志摩の自然を存分に楽しませていただきました。目に楽しく、耳に心地よく、舌も鼓を打つ二泊三日の旅。お世話になった方々ほんとにありがとうございました。また近いうちに遊びに行きます。友達を連れて、山海の珍味を味わい、潮騒に耳を澄ましに訪れようかと思います。またその日まで。


ありがとうございました。



2011年7月20日水曜日

真夏の伊勢志摩ドライヴィング


 2011年7月16日~18日、伊勢志摩を二泊三日かけてドライブしてきました。

 初日は伊勢神宮外宮と内宮を参拝し、毎年恒例の伊勢神宮奉納全国花火大会を宮川河川敷にて存分に堪能しました。
 しかし遊ぶ事、楽しむ事に熱中のあまり、初日は写真を殆ど撮っていませんでした。大変申し訳ありません。

なので、写真は二日目以降、鳥羽~志摩方面へと足を延ばした時のものが中心となります。


まずは阿児町の国府海岸へと向かいます。

国府(こう)海岸

波を楽しむサーファー達

波を待つサーファー
国府海岸の次は大王町まで移動します。
大王埼灯台
 大王埼灯台。崖の上に建っている事もあり、これがまた高所感覚が半端じゃないのだ。
大王埼灯台からの眺め(足がすくんでおります)

大王埼灯台からの眺め(腰がへっぴり腰になっております)
 大王町をあとにし、パールロードを北上すること30分あまり、鳥羽展望台に着きました。
鳥羽展望台より

鳥羽展望台からの絶景
そしてこの日はそのままパールロードを北上し、鳥羽の町にて昼食をとった後、港を散策してお開きとなりました。

 三日目、最終日は伊勢神宮の別宮である伊雑宮(いざわのみや)を初訪問、参拝いたしました。

伊勢神宮 別宮 伊雑宮

伊雑宮をあとにし、旅の土産を買いにおはらい町へと向かいます。旅のしめくくりに赤福本店にて念願の赤福氷を食べる事が叶いました。
赤福氷

ほじくると餡が出て来て感動。味覚のトレジャーハント?
今回も素敵な旅を楽しむ事が出来ました。伊勢志摩を満喫するのはこれで何回目か分かりませんが訪れる度に新たな発見や出会いがあります。
皆様も機会があれば伊勢志摩を是非訪れて下さい。きっと素晴らしい思い出が作れる事だと思います。

ありがとうございました。

2011年4月14日木曜日

友達百景その1

M君について

 小学校5年生の時、M君という友達が出来た。彼は自ら立候補し生徒会長をつとめる程のしっかり者であり、四人兄弟の長男で地域の登校班の班長を務めるなど、とても面倒見の良い少年だった。勉強も出来、真面目で、授業中もおしゃべりはせず、先生の言う事はしっかり聴いて成績もよかった。明るく、温厚な性格で他人をいじめるような事はまったくしなかった。野球やサッカー等のスポーツも活発にこなし、何一つ申し分のない少年のように思えた。
 だがM君の家はあまり裕福ではなかった。彼の母親は近所の競艇場内でフランクフルトを売る仕事をしており、M君も学校に内緒でフランクフルト売りの手伝いをしていた。私も一度彼に誘われ、お小遣いの足しになるかと思いフランクフルト売りのアルバイトをやろうとしたが、すんでのところで親から止められ出来なかった。
 M君と私が遊ぶ時は、ザリガニを捕まえに池に行くか、庭球野球に興じるか、自転車で渡船場や川原をうろうろするかでもっぱら戸外のお金のかからない遊びばかりであった。
 かようにあまり家に友人を呼びたがらないM君だったが、なぜか私だけ家に招き入れてくれた事があった。土曜の昼下がり、大阪湾からの潮風と近隣の幹線から流れる排気ガスでセピア色にくすんだ市営住宅4号棟。その高層階にある部屋へ入るとまず驚かされた。部屋中がこれでもかというほど散らかっているのだ。玩具はそこかしこに転がり、衣類は脱ぎ散らかされたままにしてある。布団もひいたままで万年床。枕許には食べた後のカップうどんの容器がスープを湛えたまま捨てられずに残っていた。それらゴミの散らかされた室内を、彼ら四人兄弟と近所に住む低学年の友人達がせわしなく遊びまわっているのだ。大声で笑ったり、歌ったり、泣き喚いたり…
 無邪気そのものだったが、私はその光景が恐ろしくて堪らなかった。子供心にこの雑然とした空間に違和感を覚えたからだ。これは単なる子供の散らかし方とは違う。大人から見捨てられたであろう散らかり方。そう直感する程、彼の家は荒廃しきって無秩序が横溢していたのだ。育児放棄などという言葉を当時は知らなかったが、子供達が親にほったらかされているのが小学生の私でも分かる程の光景だった。

 それから数か月ほど経ったある日の事、私はM君のお父さんについての衝撃的な話を耳にする(誰に聴いたかは忘れたがM君と同じ市営住宅の住人だったと記憶している)それは、M君のお父さんは隣町の銀行に銀行強盗に入った事があるという話だった。それも包丁一本で。しかも、人質をとったり、立て籠もったり、お金を袋に入れさせることもなく、包丁を出した時点であっけなく警備員に取り押さえられ捕まったというものだ。
 その話を聞きショックを受けたと同時にある事について合点が行った。それは過去にM君と遊ぶ約束をしたというのに何度か居留守を使われた時の事だ。約束までしたというのにブザーを押してもドアをノックしても誰も出てこないのだ。おかしい。M君のような誠実な奴が約束を破るわけがない。仮にM君が居ないとしても家族の誰かが居るはずだ。兄弟だって他に三人もいるのだから誰かいるだろう…そう思って何度もノックしたが誰も出てこないのだ。不可解な気分のままその日は帰ったが、同じ事がその後何度か続いた為、ある日、業を煮やした私は、ドアの郵便受けから部屋を覗き込んでみた。すると奥の部屋で、大人の男の足が右往左往しているのが見えたのだ。いるではないか。私は再度ノックした。だが、決してその足は玄関口にやってこない。それどころか私が立ち去るのを待っているかの様に部屋の奥から動かないのだ。子供心に何故だかわからなかった。大人が私のような子供の訪問者に居留守を使うなんてあまりない話だったからだ。その時は裏切られたような気分でM君の玄関前を後にしたが、後日その逮捕話を聞くにつけあの郵便受けの向こうで大人が右往左往していた意味を理解したのだ。情けなくも、お天道様の下を歩けない、罪悪感と羞恥心にがんじがらめにあっている男の姿がそこにあったのだ。息子の友達とはいえその事件を知っているかもしれぬ者を家に入れたくない男の逡巡が、ドアの郵便受けから見えたのだ。そして恐らくはその男の足より奥の方では息を潜め、存在を消しているM君やM君の兄弟が居たに違いないのだ。


 彼のお父さんの事を知ってから私はM君にどう接していいか分からなくなった。それは彼自身も感じていたかもしれない。皆が彼のお父さんについて噂しているのも薄々感付いていた筈だ。周囲の誰もが腫れ物に触れるように接し始めたからだ。私も居留守を使われた事もあり彼とは距離が出来てしまった。
 それからしばらくして学年も変わりM君と私は別のクラスになった。だけど相変わらず友人達は彼の話をする時、必ず『あいつのおやじは~』と手を後ろ手にするジェスチャーでふざけ合っていた。〈手が後ろにまわる〉とは言わずと知れた“捕縛される”の意味である。子供心にも残酷なジェスチャーだと思い彼らの悪意に満ちた冗談を冷ややかに見ていた。M君は皆が陰でそういう噂をしている事を知っていた筈だ。以前の明るさや朗らかさは陰を潜め、大人しくなっていったからだ。とにかく目立たないでおこう、という印象すら受けたし、何かしらの苦難に耐えている風にも見えた。
 
 あれから25年程経った今、彼がどこでどう暮らしているかは分からない。ただ、小学校高学年という多感な頃に周囲の誹謗中傷にさらされる、あの苦境を乗り越えたM君は絶対に我々よりも大きな男になっているに違いない。そう思える程、あの時の彼の試練は容易いものではなかった。私は今でも時折、彼の苦しい時代に傍観者であった事、何もしてあげられなかった事に対して申し訳ない気持ちに襲われるのだ。



2011年3月24日木曜日

加地等と私とユーゾーズと

 先日、フォークシンガーの加地等が亡くなったという報せを受けた。享年40歳。肝硬変だったらしい。

 ご両親に連絡をとり、友人を集めて週末の夕方、彼の部屋に設けられた祭壇に線香を灯し、手を合わす事が叶った。部屋には遺品が遺されてあり、壁際には彼が生前聴いていたカセットテープが山と積まれてあった。ラベルには手書きでアーティスト名や、アルバムタイトルが記され、中には〈ピーピング・マニア〉や〈ユーゾーズ〉という懐かしいものもあった…。

 私と彼は過去、その〈ユーゾーズ〉というGSスタイルのバンドを組み、活動を共にした仲間だった。
学生時代に共通の友人を介して知り合い、GSやR&B、ガレージ・サウンドや60’sロックについて語り合ううち意気投合し、バンドを組むに至ったのだ。
 学年が二年上であった彼は既に〈ピーピング・マニア〉というパンクバンド(後期はフォーク・ロックへ転向)を率いて学内を中心に活動していたが、そのバンドと並行してユーゾーズに参加してくれたのだ。
ユーゾーズはその後学外へ飛び出し、東京から広島まで活動の幅を広げ、ザ・ヘアやハッピーズ、トゥィナーズ、ちぇるしぃ、ウォッカ・コリンズ等と共演し独自のイベント〈フリフリ’95〉をライブハウスやクラブ等で主催するまでになった。

バンドを二つ掛け持ちするという忙しいさなかに彼は古着屋の経営にも乗り出していた。大阪市の南東に位置する天王寺。あべのアポロという商業ビルに友人と共同で〈ピンキーチック〉なる店をオープンしたのだ。
当時は古着ブームということもあり店は活況を呈した。店舗から程近い四天王寺の境内で毎月21日に開かれる弘法市(フリー・マーケット)にも出店する程であった。私もアルバイト要員として駆り出され早朝、軽トラックから荷を降ろしブースを設営し、販売を手伝う。そして交代で店番をし、他の店舗ブースへと買い物に回ったり、中古レコードの山を漁ったり、と、まるでピクニックのような市場の楽しさを皆で共有したものだ。『おい!スパイダースのシングル、ゲットしたぞー!』 嬉々としてブースに戻ってくる加地君が懐かしい。

京都、ウーピーズにて
もちろん、これらのいい思い出ばかりではない。口喧嘩はしたし、意見もかなりぶつかりあわせた。お互いの嫌な部分を陰でののしり合いもした。
『キョウベェ、俺はこう思うねん!』
彼はよくこう言って自己の哲学を私にぶつけてきた。私には彼の哲学が分からない時があった。お互い一歩も引かず、やりあったりもした。DrのゴキオやBaのガリ(雅史)といった他のメンバーは私達のやり取りをいつも心配そうに見つめていた。そしてそれら衝突の結果は解散、空中分解という形で幕を下ろす。今思えば、私達は子供だった。相手を許す事の出来ない、自尊心ばかり高い子供に過ぎなかった。そして恐らく加地等の音楽人生の中で一番衝突が多かった相手というのは私ではないかとも推測する。それ程、短い活動期間内に私達は意見を戦わせた。

 だけど今やそれすらかけがえのない日々だったと分かる。

 失ってから気付く、という事は沢山あるが、これほど、一つの時代の終焉を感じさせる別れって他にあるだろうか。

 私は今、彼の笑顔が忘れられない。仲間内では常にクールで歯に衣着せぬ発言も辞さない男だったが、時折見せる微笑みには人を惹きつけて止まない魅力があり、言い知れぬ安堵を感じさせられたものだ。それは彼が私達の心の支柱であった事のまぎれもない証左でもあった。

その事を思うと、初めて東京で演奏をする為に、皆で車に乗り込み真夜中の高速道路を東へ走ったあの日まで、私を連れて行ってくれる。未知への挑戦。今までやった事のない、誰も教えてくれなかった世界へ皆で飛び込んで行くのだ。それは胸が躍るとともに幾許かの恐怖を伴う経験でもあった。冷遇を受け、物笑いの種となって帰ってくることになったらどうしようか…そんな不安も孕んでいた。だが、それらの不安を払拭し果敢に突破出来たのも、年長者で兄貴肌だった加地等がそこにいてくれたからである。〈心強い味方が俺達にはいる〉そういう安堵感が私達の心のどこかに常にあったから乗り越えられたのだ。これは間違いない。
夜中じゅう車を飛ばし、朝日がそろそろと東の空に昇り始める頃、車窓に現れた富士山を眺め、皆で感嘆の息をもらした。そうして富士の威容を後にし、前方に広がる車窓に目を転ずるや、東名高速が遥か彼方まで黄金色に染まっていた。とても眩しい朝日。あの黄金の中で今晩演奏するのだ。私達の誰もがそう思い感動に打ち震えていた。
そしてあの日から16年経った今、私は加地等とユーゾーズというバンドを組んでいた事を誇りに思う。加地君、思い出を沢山ありがとう。君の事は一生忘れないよ。
謹んでご冥福をお祈り致します。


2011年3月10日木曜日

思い出のぞうもつサンセット

 小学校4年生の頃だったと思うが、通学路に突如ホルモン焼きの屋台が出現した。夕方4時頃、いつもの帰り道である市営住宅横の歩道に、人が一人入れるくらいの屋台が設置されてあったのだ。中ではおっちゃんがせっせとホルモンと手羽先を焼いている。その屋台横ではおっちゃんの相方とおぼしき、肥ったおねえさんが台に並べた駄菓子を売りつつ、ホルモンや手羽先の註文を受けたりお勘定をもらったりと、フォローに回っていた。屋台の周りでは目ざとい連中がすでに集まっていた。近所のガキ大将や、その取り巻きのやんちゃそうな奴らがわんさと屯し、買い食いや玩具遊びに興じていたのだ。
 物珍しさと香ばしい匂いにつられ私も近寄って見た。見たこともない肉が串に刺され鉄板の上でじゅうじゅう焼かれている。脇には醤油を塗られた鶏の手羽先まで焼かれている。〈ホルモン一串20円。手羽先一ケ50円〉と書いてある。小遣いはあまり持っていなかったが、物は試し様、懐をはたいて何串か買い、悪ガキ達と肩を並べその場で食べてみた。そして次の瞬間吃驚した。
 この世にこんなおいしい食べ物があったなんて初めて知ったのだ。
串には弾力のある白いテッチャン(大腸)と柔らかく黒いフク(肺)が交互に刺されてあり、歯応えのある食感は今までに食べたどの肉にも勝るものだった。味も醤油か塩のみで調味されており、後々知る世間一般のホルモン焼のように甘くはなかった。
 感動したのは言うまでもない。これが私にとってのホルモン焼、原体験であり、忘れられない味となった。
 以来、屋台には何度も通った。小遣いの続く限りほぼ毎日買い食いをしに走ったものだ。ホルモンだけでなく手羽先もよく食べた。手が脂でべとべとになるのだが、お腹が満たされるので止められなかった。鍵っ子という事もあり夕方6時頃まで母親が帰宅しないからいつも空腹を抱えて、足を運んでいたのである。
 だけど、そんな日々も長くは続かなかった。
 ある日を境に屋台は居なくなってしまったのだ。
 どうやら“食後の串や手羽の骨等を子供達がポイ捨てする為掃除に困っている”と市営住宅自治会からのクレームにあい、やむなくその場から撤退したというのだ。子供心に大変がっかりしたのを憶えている。最後の頃、肥ったおねいさんがしきりに『ゴミを散らかさないでね』と皆にふれ回っていたのもこの為だったのだ。
 あの不思議な食感と味が忘れられなかった私は、隣町商店街まで赴き、肉屋の店頭で販売されていたホルモン焼を代わりに買ってみた。だが、あの屋台の味とまるで違う甘辛い味付けにまったく好きになれなかった。そして世間一般でいうホルモン焼とは、どちらかといえばこちらの方の味なんだという事も知り、重ねがさね落胆したものだ。もう二度とあの味には会えないんだろうな、と。


 数年後、高校生の私は興味本位で西成~新今宮界隈を探検するようになっていた。辻々角々で小指を立て秋波を送ってくる立ちんぼのおばさんを冷やかし、酔っぱらい同志がパチンコ屋前で喧嘩するのを観戦したりと、町に横溢するスリルを存分に楽しんでいたのだ。そんな夕刻の新今宮で私は懐かしいものを目にした。路肩に停めた軽トラックの荷台にてじゅうじゅうとホルモンを焼いている業者がいるのだ。トラックのまわりではドヤの労働者達が缶ビールやワンカップ片手にホルモンをつつきながら仕事帰りの晩酌を楽しんでいる。
 高校生の身空で彼らむくつけしニッカポッカ・メンの輪に加わるのは勇気がいった。だけど、軽トラ荷台の鉄板から香ばしくも美味しそうな匂いが湯気とともに溢れて来るのだ。育ち盛りの夕刻。食欲に歯止めは利かない。気がつけば私も彼らとともにホルモンやレバーをほおばっていた。一串40円。味はあの頃の屋台の味と違い、やはり甘辛かった。だけど、テッチャン(大腸)が持つ独特の歯応えや風味は一緒だった。私は嬉しさのあまり、機会ある毎に何度もここへ通った。
 だが21世紀に入って11年経った現在立ちんぼも減り、ストリート・ファイトも中々見かけなくなり、軽トラ屋台すら路肩から居なくなってしまった。街並みは整備され、道路占有の問題や食品衛生法の問題等、屋外にて飲食屋台を営むにはあまりにも規制が増えたように思える。おかげで面白い店は軒並み姿を消していった。その中には皆が行列を作ったり、屯したり、足繁く通いたくなる“小さな名店”もあったはずだ。一見住みやすい街づくりをしているようにも見えるが“管理”という名の下、通学路のホルモン屋台が消えたのと同じやり方が執行され、町をどんどん無味でつまらないものにしていってるように思えてならない。多少の混沌と猥雑を恐れるあまり町の活気につながる脈を削いではならないのだ。感動は大人しく整然としたものばかりが生むわけではないのだから。


2011年2月27日日曜日

キョべ屋洋画劇場:スモーキー・モンキー麻拳


ここは大阪の郊外。南河内郡河南町。とある芸術大学に無気力な美術学科生、中の島三吉と、おなじく無気力な映像学科生、高瀬タコ丸がいた。

三吉とタコ丸はいつものように授業をさぼり、大学裏山に自生するという伝説の巨大大麻を見つけるべく、学内飼育の野良犬“柔王丸”にトリュフ犬ならぬ大麻犬をさせ、捜索にうつつをぬかしていた。心優しい同級生達は、このままでは落第必至の二人を案じ、授業に戻るよう促すべく再三、裏山へと現れた。だが三吉もタコ丸も聴く耳を持たず、いつものように藪の中を彷徨い歩くのであった。あほなレンジャーである。一体学校を何だと思っているのだろう。誰もが呆れて実習室へと戻って行った。

ちょうどその頃謎の一団が学内に乗りこんで来た。紫の詰襟を着たこの一団は拳法を使い、学生課、図書館、食堂、実習室、棟という棟にて激しく暴れまわり、抵抗する教師や生徒達を無残にも始末していった。男子生徒はあらかた捕まり、奴隷のように南河内遺跡の発掘調査や血勝明日香博物館建設工事現場へと駆り出されて行った。従わぬ者は土牢〈平和牢〉や営倉〈金剛牢〉に幽閉され、洗脳教育を受ける事となった。女子学生もあらかた連れ去られ富田林や河内長野のスナックにホステスとして派遣され労働の上りを搾取される事となった。そう、芸術計画科のK子ちゃんも、彫刻コースのHIDEMIXも、演劇コースのヒョンスンも…、かわいい子はみんなぱっつんぱっつんのドレスを着せられホステスにさせられてしまったのだ。そして芸大犬“柔王丸”も家畜となってしまった。

大学は一夜にしてこの紫の狼藉者達に乗っ取られてしまったのである。

裏山に居た為、命からがら難を逃れた三吉とタコ丸は隣町、太子町にあるバイク解体屋〈殿山オート〉の元に身を潜める事となった。
解体屋のおやっさんは優しかったが少しく変人であった。発明マニアで訳の分らぬ、役に立ちそうもない機械を拵えては、一人悦に浸っている奇人でもあった。もちろん身寄りもない。昔は趣味でカンフー道場を開いていたらしいが看板だけを残し今は廃業していた。二人はこのおやっさんの名が殿山トチ朗という事以外まったく知らなかった。学園祭の模擬店で居酒屋をやった際、客として来ていたのをきっかけに知り合った程度の間柄だったが、一人で暮らすよりは賑やかでいいだろう、という単純な理由から二人はしばらくここで厄介になる事を許された。

だが、身を潜め大人しくしていりゃいいものを最愛のマドンナKちゃんをホステスにさせられたことが我慢ならなかったタコ丸は血気にはやり、一人、悪の巣窟となった大学に殴り込み奇襲をかけた。
結果は多勢に無勢。案の定、敵の雇った猛者百人につかまりタコ丸はみせしめに片腕をもがれ半死半生の目に合う。あわや命まで奪われる寸前にスクーターで乗り付けた三吉に助けられ解体屋へと逃げのびた。

三吉とおやっさんの献身的な看護の末。タコ丸は社会生活を営めるまでに回復した。だがおやっさんは鋼の腕を作ってやると言い、秘伝の薬液(嘘。廃油と灰汁と軟膏を混ぜた物)を塗布し真に受けたタコ丸をさらに半死半生の目に合わせてしまう。そのせいでタコ丸は腕どころか体の半分以上を機械化せねばならなくなり、ある意味本当に鋼の腕になってしまった。

そんなタコ丸と共に、おやっさんの解体業を手伝いながら虎視眈眈、逆襲の機会を窺っていた三吉であったが、些細な事からおやっさんと口論になってしまう。ある日、酒に酔って帰って来たおやっさんは三吉に向かって「復讐など空しい事さ、いい加減諦めて定職に就け、このプータロウ」と言ってはならぬ事を言ったのだ。激しい口論の末三吉は解体屋を飛び出してしまう。タコ丸を残し。

数か月後、三吉は大阪は住之江区南港に流れ着いていた。昼間は港湾労働者として汗を流し、夜は司法書士になるための勉学に明け暮れる日々を送っていた。それもこれも弁護士となりいつの日か法廷で大学を乗っ取った連中を法的にやっつけてやるつもりだったからだ。
世間は一見何事もなかったかのように平和だったが、それは表向きの話であった。大学を乗っ取った連中はそのまま勢力をのばしあらゆる学園を傘下に収め、今では市内を歩く時でも連中の目を気にせねばならない程であった。

司法試験も目前に迫ったある日、三吉はバイト先のトラックターミナルにてある話を耳に挟む。話の主は三吉同様、紫の詰襟どもに母校を乗っ取られたという男である。
「母校は今じゃ学校法人殿山学園が経営しているんだ。殿山トチ朗とかいうジジイが何もかも牛耳っててね…」
三吉は耳を疑った。驚愕の事実だった。殿山トチ朗と言えばおやっさんの事である。おやっさんがあののっとりグループの親玉だったとは!もちろん三吉が大学で同じ目にあったという事をこの男は知らない。三吉がいる横でペラペラと全てを教えてくれた「ある日突然、やって来て乗っ取られたんだ。何もかも…」

三吉は司法試験もほっぽり出し、怒りの塊となって太子町の解体屋に突っ込んで行った。そのままおやっさんに掴みかかり有無も言わせずなぐり怒鳴りまくった「だましたな!俺達をだましたな!この野郎!この野郎!」おやっさんは首をしめられ何も言えなかった。ただ、苦しそうに手をばたつかせるのみだった。それを横から止める者がいた。タコ丸だった。義手で三吉の肩を掴みおやっさんから引き剥がしたのだ。
「やめろ!三吉!人違いだぜ」
「何が人違いだ!こいつが俺達の仲間を殺り、K子ちゃんやHIDEMIXやヒョンスンをホステスにしたんだぞ!ぱっつんぱっつんの!このやろう!」
「だから人違いだと言ってるだろ!いいか連中の親玉は殿山ボケ朗!おやっさんの弟だ!」「え!?」

タコ丸の話によるとおやっさんもボケ朗も元々孤児だったそうだ。子供のいなかった先代道場主が彼らを引き取り、この道場兼解体屋にて育てたというのだ。二人は血は繋がらぬものの兄弟子、弟弟子という間柄、仲良く拳の道に進むべく修行に精進した。だが弟弟子ボケ朗は長ずるに連れ、甚だ素行悪く、悪友と付き合うようになり、万引き、恐喝、暴行事件や窃盗事件を起こし、先代の怒りを買って破門されてしまったというのだ。
その後ボケ朗は様々な職業を転々とした後、遊戯業で蓄えた資金で学校法人殿山学園を起業。自ら理事長を務め、三吉達の大学付近にてパー・プル学園なる私立高校を運営していた。だが、併設する遊園地パー・プルランドの経営破綻や、夏の風物詩にしようと毎年開催していたパー・プル花火大会の莫大な運営費用等が嵩み、巨額負債を抱え込んでしまう。そしてもはや手も足も出なくなった結果、ついに武力による近隣の学校乗っ取りという暴挙での解決に打って出るようになってしまったというのだ。もちろん南河内地方の政治家や警察も事前に抱き込まれていて全員グルだった。この件に関しては誰もが見て見ぬ振りをしているのだそうだ。

おやっさんは三吉に詫びた。いつかこの事を言わなければなるまいと思っていたが、つい言いそびれ、そうこうするうちに三吉が出て行ってしまい、残ったタコ丸にのみ打ち明けたというのだ。
「すまない義理の弟とはいえ、あんな弟にしちまったおれにも責任があるんだ」
「おやっさんは関係ねえよ。なにも連帯保証人になるこたあねえよ…」三吉は冷静になりながら言った。
と、そこへ全身の半分が鋼の犬が現れた。くぅーんと鳴きながら嬉しそうに鉄の尻尾を振り振り三吉の膝に飛び乗ってきたのだ。三吉はすぐに気付いた「お、おい!こいつもしや…」
「そうだ。柔王丸さ!こいつ家畜になるのを逆らって命からがら逃げ出して来たのさ。エライ目にあったらしく半死半生の所をおやっさんに助けられたんだ」
「なんて、やろうだ!こいつぁ!」三吉は半分鉄の塊の柔王丸を抱きしめた。くうーん、くぅーん、ぺろぺろと三吉の顔を舐める柔王丸。タコ丸が言った「俺と同じく変わっちまったけどまだ“クサ”を嗅ぎわける事も出来て鼻も利くんだぜ」
その時、押し黙っていたおやっさんが突然言った「あるぞ、一つだけ…、奴を、弟を、倒す手がな…」

その日から特訓が始まった。

おやっさんがカンフーを伝授してくれるというのだ。紫の詰襟軍団を倒したけりゃまず拳法を会得するんだ。ボケ朗は拳法を悪用して裏社会からのしあがったのだから、奴をまっとうな道に連れ戻すにはこの“拳”で奴の鼻を明かさなければなるまい…。おやっさんはそう考えたのだ。
おやっさんは三吉、タコ丸に殿山家に代々伝わる拳法を教えるという。その名も〈麻形酔掌十二拳〉通称“麻拳”だ。

麻形酔掌(まぎょうすいしょう)とは殿山道場初代師範、殿山青片こと殿山こぺ八が創始した拳である。乾燥させたる大麻草を燃し、其処から立ち上る紫煙を吸引する事により心身を落ち着かせ、神経を弛緩させる事により生まれる拳の技法である。演武は忘我の境地において行われ、酩酊の素振りを見せる“形”にはいずれも敵を甚だしく油断させる効果がある。だがいざ攻撃へ転ずるや怒涛の打撃を嵐の如く降らせ敵を滅する。剛柔、多寡、遅速、緩急、自在に操る拳である。

◆第一の形。〈茶亜李偉・覇亜可亜〉茶亜李偉はハード・バッパー。圧倒的な数の突きを繰り出し、相手を手も足も出ぬほどに翻弄する。その激烈な攻撃たるや飛来するスズメ蜂の如き也。

◆第二の形。〈無頼庵・丈雲図〉無頼庵は倒錯の神。暗雲垂れ込める宙に龍が舞う。世界を“黒く塗る”が如き琵琶の調べに合わせ流麗に舞い、女を抱くかのように纏わりついては膝蹴りをみぞおちにしたたかお見舞いするのだ。その陶酔の様、かのオリュンポスの神デュオニソスの如き也。

◆第三の形。〈地絵李偉・我瑠獅亜〉地絵李偉は大熊の化身であり即興の神。煙を喫む様、雲を喫むが如し。長尺のインプロヴィゼーションを好み、思いつく限りの技をひたすら繰り続ける。蹴り、拳、突き、その閃き電光の如き也。

第三の形まで会得したものの、これから先、第十二の形まである奥義を極める為には大麻が必要だった。それも並みの大麻じゃ駄目だ。大学裏山に自生するという伝説の巨大大麻でないと駄目だとおやっさんは言うのだ。三吉とタコ丸は悩んだ。今や裏山を含め大学敷地内は簡単に侵入出来なくなっていた。そこへのこのこ探しに行くなんて捕まりに行くようなものだ。馬鹿な真似は出来ない。三吉、タコ丸、柔王丸はとりあえず裏山と同じ山系である太子町の山を捜索する事にした。だが太子町の山という山を巡ってもまったく見つからなかった。三吉は諦め、大麻無しで修行に励もうと言ったがタコ丸は大学裏山に忍び込むと言ってきかなかった。あそこなら必ずある筈だ。三吉は気がすすまなかった。大学内は奴らパー・プル共の縄張りである。よしんば捕まったら復讐どころではない。だが虎穴に入らずんば虎児を得ずである。タコ丸に押され仕方なく真夜中、大学裏山へと忍び込む事になった。そして何株かを見つける事に成功する。ところがその帰り道。裏山付近を張っていた警備の者に見つかってしまったのだ。逃げる二人と一匹。だがタコ丸はあえなく警備の者に捕まってしまうのだった「俺のことはいいから逃げろ!逃げるんだ!!」三吉と柔王丸の背中越しにタコ丸の断末魔の叫びが轟いていた。

幻の巨大大麻を二株手にし解体屋へ辿りついたものの、三吉は大事な友を失っていた。うちひしがれる三吉。犠牲は大きかった。相棒の命を失ってしまったのだ。三吉は涙の中で誓った。タコ丸の命を無駄にすまい。必ずやボケ朗を討ちとり、タコ丸の無念を晴らしてやるのだ、と。

それから以前にも増して血の出るような猛特訓の日々が始まった。麻の紫煙燻る中でおやっさんはあらゆる技術を伝授すべく三吉をしごき倒した。第四の形、第五の形…。三吉も復讐に燃え朝から晩までぶっ通しで技の習得に励み、休む事なき鍛錬の日々を過ごした。そして修行の成果は肉体に顕われる。いつしか三吉は見違える程の逞しい男になっていたのだ。髪も自然にドレッドヘアーになっていた。

そんなある日。三吉がおやっさんの使いで隣街まで買い物に出ている間、事件は起こった。
パー・プルの手の者が殿山オートを襲撃したのだ。三吉が買い物から戻るやおやっさんの姿は無かった。柔王丸もいない。家具家財すべて荒らされ大麻も全て持ち去られていた。あるのは無用の液体だけ。そうタコ丸を半死半生の目に合わせた例の“秘伝の薬液”のみだった。壁には血で書かれた走り書きがあった。

“おやじを返してほしけりゃ大学まで来い”

誰もいない。静まり返った校舎前ロータリー。三吉がここに立つのは一年振りだった。入口から坂をのぼり校舎内を正面から突き進む。すると第一食堂に敵はいた。百人あまりの詰襟軍団が息を潜め手にバットや警棒といった武器を持ち待機していたのだ。皆、凶相揃い。タコ丸の手をもいだ猛者共である。だがしかし、それとていまや三吉の敵ではなかった。鍛えられた三吉の体に触れられる者は一人としていなかったからだ。三吉一人を相手に百人近くの詰襟どもが一斉に襲いかかったが皆、拳の餌食となった。バットはへし折られ警棒は蹴り飛ばされ、ばったばったと床に倒れされて行った。逃げまどう紫の男達。無理もない。今の三吉と一年前の三吉とでは格段の差があり、その差たるやボンレスハムとマッチ棒、或いは現在の長淵とデビュー当時の長淵くらいの違いがあった。

詰襟共をしばき倒した三吉は校舎を奥へと進んだ。すると噴水の止んだ、ドレミの広場付近で三吉を呼ぶ声がする。お~い~…、三吉~…聞き覚えのあり過ぎる声がコロシアム風の広場に轟いていた。三吉は声のする方へ、広場へおりる階段を走った。すると暗闇の中、ひっそり佇む影があった。三吉は目を凝らし声の主と思しきその影を見た。そして驚いた。声の主はタコ丸だった。死んだと思っていたタコ丸がそこにいたのだ。三吉は嬉しさのあまりタコ丸に飛びついて行った。
「おい。生きてたのかよ!」
飛びついたもののひんやりとした違和な感触がした。よく見るとタコ丸の体は全て鉄の塊となっていた。首から上だけがタコ丸なのだ。後は全て機械。おやっさんが機械化した以上に鋼鉄が組み込まれていた。しかも以前のタコ丸より一回りも二回りもデカイ。もうここまでくるとロボットにしか見えなかった。全体の90パーセントがメカなのだ。
三吉は驚きのあまり一瞬後退りした。するとそこへタコ丸のマニュピレーターの如き手が伸びて来て三吉の首を掴んだ。不意だったので油断していた三吉は捕まってしまった。タコ丸は暴れもがく三吉を壁に投げつけた。
「どうしたんだ。何があったんだ?」三吉は叫んだ。ところが、タコ丸はキュラキュラと音を立て三吉に近寄るなり肩から何かを発砲して来た。咄嗟によける三吉。弾のあたった壁は蜂の巣状に破壊されていた。散弾銃のようなものが肩に仕込まれている様だ。足もキャタピラ式になっている。
「おい。やめろ!タコ丸!俺を忘れたのか!?」
タコ丸はもはや三吉の声など聴いていなかった。三吉が身を守ろうと隠れた壁に向かって延々銃のようなものを発砲してくるのだ。しかし、しばらくすると銃声は止んだ。そしてタコ丸とは別の声が上空より轟いた。
「おい!おどろいたか?」
「誰だ!おまえは?」
「俺か?俺は殿山ボケ朗。御存知、殿山学園理事長さ」
「貴様!大学を乗っ取り、おやっさんも友達も皆、連れ去りやがって!タ、タコ丸に何をした!」
「ふふふ、タコ丸はもうお前の事など忘れてるよ。色々とイジラせてもらったからな。見ろ!今じゃ只のラジコン・ボーイだぜ!ふはははは」
三吉は壁から広場を覗いた。するとメカ・タコ丸はガトリング式機関銃を夜空に連射しだした。確かにタコ丸にはアンテナらしきものが仕組まれていた。目には感情も意識も見受けられない。あやつりロボットになっているのは確かだった。三吉は叫んだ「こんな事して一体何が目的だ!おやっさんを返せ」
「ふふふ、会いたいかトチ朗に。ならばこいつを倒してからにしな!せぃ!」
ボケ朗はあきらかにメカ・タコ丸を遠隔操作していた。この号令とともにメカ・タコ丸は三吉の潜む壁に突進してきたからだ。激震。体当たりされ崩れる壁。逃げ場の無くなった三吉は対峙せざる得なくなった。三吉は至近距離から襲い来るタコ丸のマニュピレーターをかわし続けるが、すぐにもまた首を掴まれてしまった。そしてねじあげるようにして一気に宙に吊りあげられる三吉。息ができず苦しみに悶える三吉。意識も朦朧とし口から泡が出て来た。もはやこれまでか…諦念の中、消え行く意識。ところが落命を意識した瞬間、三吉の眼にあるものが飛び込んできた。
犬である。
そう姿を消していた柔王丸がコロシアムの階段を駆け下り、メカ・タコ丸の首にとびかかりかじり付いたのだ!ケーブルというケーブルを噛み切り、ついには頭頂部のアンテナをがじがじかじり出したのだ。
おかげで制御が効かなくなったメカ・タコ丸は暴走し出した。三吉を放り出し、柔王丸を首に巻き付けたまま広場を駆け上がり、そしてそのまま柔王丸もろとも生垣へと突っ込んで行った。生垣の向こうには崖があり、その下には土牢〈平和牢〉があった。三吉の耳にはメカ・タコ丸が崖をガラガラ音を立てて落ちて行く音が聴こえた。

「命拾いしたな!小僧」
声のする方を見上げるや長髪を後ろで縛り、口髭を生やした男がタコ丸操縦用プロポを手に立っていた。長身痩躯。まるで仙人のような佇まいである。男は不敵に笑いプロポを投げ捨てた。そして三吉に向かって手招きをした「よし、こっちへ来い。話がある」
三吉はコロシアムを駆けあがった。そしてボケ朗と対峙した。
「おやっさんを返せ!何の目的で道場を襲撃した!」
ボケ朗は不敵な笑みを浮かべるや一瞬間を置き、こう言った
「トチ朗兄貴か?ふん、兄貴は餌さ。お前をおびき寄せる為のな。俺はお前に用があったのさ」
「何ぃ!?」
「お前等がうちの敷地から例のガンジャを盗み出したと知ってピンと来たのさ。わざわざ危険を冒してまで我が学園の敷地に踏み込み、大胆にも盗んで行くなんて、余程の理由がないかぎりありえないだろう?麻拳会得の為って理由くらいないとな」
驚いた事にボケ朗はそこまで見透かしていた。
「だから、今までずるずる泳がせて置いたのさ。今日の事も、貴様が“拳”を会得したであろうタイミングを見計らってやったのさ」
「ど、どういうことだ!」
「俺の右腕になれ。俺は先代から麻拳を受け継ぎたくて仕方が無かった。だがそれは叶わなかった。ところが期せずしておまえはそれを受け継いだ。俺はおまえのような幸せ者が羨ましくて堪らないのさ。どうだ?一緒に組まないか?ガンジャはいくらでもやる。この学園も任せてもいいと思ってるぜ。その腕を俺の為にさえ使ってくれりゃ…」
三吉は笑った。答えはノーだった。
「ふざけるな!誰が貴様と組むものか、この拳は、お前を倒す為に身に付けたもんなんだ!タコ丸の無念を晴らし、K子ちゃんやHIDEMIXやヒョンスンを救い出す為に身に付けたもんなんだ!」三吉は構えを見せた。“亀の舞い”だ。それは麻拳の導入部であるスローリーこの上ない構えだった。あまりにレイド・バックした演武だった。
「ふん。交渉決裂というわけだな」ボケ朗はボクサーのようなフットワークを繰り始めた。そして「あとで後悔することになるぞ!」というや物凄い勢いで回転して三吉のこめかみ狙って回し蹴りを入れようとした。ところが、三吉は首をのけぞらせるだけでこの地獄のような蹴りをかわした。そしてかわすだけでなく同時にカウンターとしてボケ朗の内腿を狙って手刀で突いていた。この間数秒もなかった。
倒れるようにして後退したボケ朗は動揺しつつも言った
「ほほう…面白い。そ、そうじゃなきゃ俺が見込んだ男じゃないな。い、行くぞ!」
今度は二段蹴りである。正面から顎を狙って打ってきたのだ。三吉はかわす。だがさすがの三吉もボケ朗のスピードある連続蹴りをかわすのに必死で中々攻撃に転じられない。
「どうした?ガンジャがなけりゃただの舞いだな」ボケ朗は余裕の笑みと共に今度は拳を繰り出した。蹴りも早いが組手も速かった。三吉はこれらの技をかわし組手を捌き続けるのに追われ、打撃を与える事が出来ない。防御をするので手一杯だった。そうこうするうちにボケ朗は天に向かって勢いよく足を振り上げた。そして次の瞬間、恐ろしく速いスピードで踵落としが三吉の頭頂部に入ってしまった。前のめりに倒れこむ三吉。そこへまた容赦なく腹蹴りをお見舞いするボケ朗。三吉は2m近く後方へ吹き飛ばされてしまった。
「ふふふ。見込み違いか。大した小僧ではなかったな」仰向けに倒れ込んだ三吉ににじり寄るボケ朗。しかし次の瞬間、ボケ朗は耳を疑った。
「にひ、にひひひ…にひ」三吉は倒れながらも笑っていたのである。
「気でもくる…うぅっ!」同時に酷い痛みがボケ朗の腹部を襲った。見るといつのまにか服は破かれ、腹の肉がもげ切れて血がしたたか流れていた。
何事か分からず膝からくずおれるボケ朗。そう、三吉は踵落としを受け、倒れかかった瞬間、ボケ朗の腹部をペンチの如くつまんでいたのだ。そして腹蹴りをわざと受け、吹き飛ばされる力を利用してボケ朗の腹の肉をもいでいたのだ。
三吉は立ちあがった。そして第二の形〈無頼庵・丈雲図〉をゆっくり舞い、ゆるりとボケ朗に絡みついて、とどめの膝蹴りをみぞおちにお見舞いした。
どず!
鈍く重たい音が響いた。ボケ朗は血反吐とともに絶命した。
三吉の勝利である。

そこへ勝利の余韻に浸る間もなく、大勢の男達が気勢を挙げ、なだれ込んで来た。手には松明や角材を持っていた。どうやら平和牢に幽閉されていた芸大生達だった。メカ・タコ丸が崖下へ落下した事により平和牢が陥落したのだ。皆この機に乗じて一気に牢を破り、看守をぶん殴って出獄。そして大学を取り戻すべくいざやって来たというのだ。だが、勇んでやって来たものの仕事はあらかた三吉の手により終えられていたから呆然と立ち尽くすしかなかった。
「おどろいたぜ、おめえ一人でやったのか?」
彼らはボケ朗の亡骸を見て三吉を褒め称えた後、三吉に促され、他の牢で幽閉されている学生やホステスをさせられている女子達の救出に向かって行った。

三吉は校舎内を進んだ。するとどこからか助けを求める声が聴こえて来た。
「おおーい…ここだー!誰か来てくれー!」
おやっさんの声だった。三吉は声のする方向へ走った。そこは〈喫茶ハマグリ〉のあった部屋だ。
三吉は叫んだ「おやっさーん!俺だ!三吉だ!助けに来たぞ!」
とは言ったものの、三吉は何か妙な気配を感じていた。そしてそれはハマグリの入り口に近づいた時点で確信へと変わっていた。匂いがするのだ。大麻の。燻した時に出る香りがハマグリの中から芬々と漂い流れて来るのだ。三吉はおそるおそる中へ足を踏み入れた。するとおやっさんはいた。テーブルには何本ものパイプが置かれ、灰皿にはたくさんの燃え滓があった。おやっさんは三吉に背を向けたままだった。一本キメているのか煙がくゆらされていた。
「おやっさん、助けに来たぜ。さ、もう帰れるから、出ようよ…」
おやっさんは煙を深く吸い込んだ後、息を止め、肺の底まで煙を沁み込ませてから息をゆっくり吐いた。そして三吉にこう言った。
「ありがとう」
「お?ああ…どうってことねえよ。さ、こっから出よう」
「ボケ朗を消してくれて、ありがとう」
「あ、あぁ、す、すまない、あそこまでするつもりは無かったんだけど成り行き上…」
「いや、いいんだ。あれでいいんだ。すべては俺の計算通りだからな」
「えっ?」
おやっさんがくるりと振り向いた。手には太巻きのポットをつまんでいる。そしていつになく邪悪な笑みを浮かべて三吉にこう言ったのだ。
「おかげで全部俺のものになったよ。この大学も、学校法人パー・プル学園もすべて。奴を消してくれてありがとう。育て甲斐があったというものさ」
「おやっさん…」
次の瞬間、おやっさんの拳が三吉の腹に決まった。不意を突かれテーブルに倒れこむ三吉。
「俺は昔っから奴のような卑怯者は嫌いだったんだ。だからありがとう。だが消してもらった以上お前にも消えてもらわなければならないんだ」
腹部を襲った激痛の中で三吉は全てに合点が行った。そう、全てはおやっさんこと殿山トチ朗が仕組んだ罠だったのだ。そしてトチ朗は弟ボケ朗を亡き者にすべく三吉を刺客に育て上げていただけだったのだ。本物の黒幕はトチ朗だった。
「ただ、計算外だったねぇ。平和牢を破り、暴徒を解き放ってしまう事になるとは思いも寄らなかったよ」トチ朗はすっくと立ち上がり第一の形〈茶亜李偉・覇亜可亜〉の構えを見せるや、苦しむ三吉を嵐のような突きでお見舞いした「おかげで損失が出たよ。どうしてくれる?かわいい俺のホステス達まで逃がす事になるたぁな」
三吉は転げ回り、逃げた。そして息を整え、構えた。
「な、なんだい…そういう事だったかい」三吉は言った。そして第三の形〈地絵李偉・我瑠獅亜〉を見せた。
「おやおや、ここでその形に行くかい?まぁ懸命ともとれるな。どれやってみな」
三吉はもはや闇雲に突っ込んで行くしかなかった。師匠相手ではすべてが見透かされ手の内を読まれてしまっているから、先の読めぬインプロ攻撃をするしか道が無かったのだ。だが、それすらも敵わなかった。蹴りも突きも拳も、何もかも目の前のトチ朗から教わったものだ。すべてかわされ、撥ね退けられた。それだけでなく三吉が自家薬籠中の物としていたカウンター攻撃を逆に加えられてしまったのだ。もはやダメージがボケ朗の時と比べ物にならなかった。
「ではそろそろ俺の番だ」トチ朗はこういうなり、見たこともない演武を繰りだした。緩急が三吉が教わったどの形よりも読めない。ゆったりとしたリズムのなかに四分打ちと八分打ちが混在しているかと思えば十六分打ちもある。アクセントが何を基本にしているのかも三吉には見えなかった。
「な、なんだ一体…そりゃ…」と三吉。
「ははは、驚いたか?まだこれは教えていないからな、これは第十三の形〈墓部 麻亜莉偉〉さ」
「だ、第十三の形!?ぼ、ぼぶ?十二で終わりじゃねえんのかよ!」それは麻形酔掌中、最強にして最終の形であった。三吉はうろたえた。まだ見ぬ新しき形がある事を知り、判断不能に陥ったのだ。そして闇雲に突っ込んでしまい、いきなり手を掴まれ後ろ手に吊りあげられただけでなく喉をトチ朗の手に挟まれ絞めあげられてしまった。
「緩やかに絞め殺す事おろちの如く!」
三吉は肘鉄を馬鹿力でトチ朗の腹に叩き込みこれを逃れた。だがトチ朗は猛攻を続ける。今度は三吉の足を払い倒し「獅子王の如く泰然自若、獲物を狩り!」と床に倒れた三吉の顔めがけキックを打ってきた。三吉は手や腕で受け、それをかわし続ける「ふははは!ジャークする事ジャマイカ湾の鮫の如し。うらぁ!」恐ろしき形相のトチ朗。普段のトチ朗とはまるで別人のようだった。これが本性なのかも知れぬ。その豹変ぶりに三吉は恐ろしさを覚えながら喫茶テーブルを盾にトチ朗の蹴りを回避した。だが甘かった。トチ朗は一旦後退したかと思いきやそのまま勢いを付けて走り込みテーブルごと三吉に飛び蹴りをくらわせたのだ。三吉は押し飛ばされ後方の窓ガラスに当り、破砕したガラスやテーブルごと階下へと落下して行った。
「バッファローの如き猛進、敵の骨を破砕し…」ガラスの割れた窓際に立ち、階下でのびている三吉に向かって演武をみせるトチ朗「しなやかなる体フラミンゴの如き也」一通り流麗な拳捌きをデモンストレーションし終えるやこう言った「これすなわち!麻形酔掌における五獣の拳也ぃ!」 

トチ朗は最強だった。さすがパー・プル学園を影で動かすだけはあった。三吉は今度こそ半死半生、死の淵にいた。薄れ行く意識。立ち上がろうにも体がついてこない。骨が折れているのだ。頭上の喫茶ハマグリ窓際からトチ朗の哄笑まじりの歌声が聴こえてきた。
「ふははは立てよ!三吉ぃ!…ぁ、げらっぷ、すたんだっぷ!…ぁ、すたんだっぷふぉーよらいっ!」
敗北感と恐怖が三吉を襲う。骨だけでなく心も折れかかっていた。もう駄目だ。諦めて降参しなけりゃ命はねえ、いや、むしろやられた方がいっそ楽なのかも知れねえ…。

と、そこへ何かをずるずるひきずりながらやってくる動物の影が見えた。みると口にペットボトルを咥えた柔王丸だった。手負いの半メカ・ドッグが重たそうにペットボトルをひきずりながら三吉に向かってやって来るのだった。三吉は言った「み、水を、くれ、水…」
咥えて来たペットボトルを三吉の口の前に置く柔王丸。三吉はそれを一気に飲んだ。ごくごくごく…

次の瞬間。三吉は激しくのたうちまわった。あれだけダメージを受け、立ち上がれなかったというのに手足をばたつかせ、体をぐるぐる振り回しながらそこらじゅうを駆けまわり出したのだ。狂ったように転げ回り口から反吐をもはいている。
「がぽっ!げほげほ!…柔王!おめえ!…こ、これは!?げほっ!」
「くうーん、くうーん」
そう。柔王丸が持ってきたペットボトルには例の薬液が入っていた。タコ丸に鋼の腕を作ってやるとトチ朗が塗布しさらに半死の目に合わせた、あの“秘伝の薬液”がである!
三吉が苦しみ悶えるのも無理は無かった。塗布しただけでタコ丸を人事不省に陥らせてしまう程の劇薬である。それを一気に飲み干したから体内が大火災のように燃え盛っているのは明らかだった。吐き戻そうと必死で指を突っ込む三吉であったが、無駄だった。何をやっても痛みと熱さが取れないのである。壁に体をぶつけ地に頭を打ちつけたが駄目だった。そしてとうとう、もんどりうって壁の向こうへ倒れ込み、頭から落ちてそのまま動かなくなってしまったのだ。足を天に向けたまま。

三吉の奇態に目を丸くして見ていたトチ朗であったが場が静まるや高笑いを始めた。
「ふはははっは!畜生の浅知恵よ!手間が省けたというもんだぜー!」
そして三吉の生死を確認すべく階下へ飛び降り、吼えかかる柔王丸を蹴り飛ばしてからのしのしと壁の近くまで歩いて行った。
「むっ!」トチ朗は歩を停めた。壁に倒れ込む三吉の足がぴくりと動いたのだ。

ぬんむごぉおおおおおおおおおおおおおおおおお…

地響きのような奇声が壁の向こうから聴こえて来た。
「うぬめ…。生きとったか」トチ朗は構えた。
次の瞬間、三吉の足が壁の向こうへ消えた。と、同時に突然、壁が爆発した。見ると崩落する壁の粉塵の中で三吉が立っていた。よく見ると壁も爆発したのではなかった。三吉が殴って破砕させたのであった。
「おお!こ、これは…」トチ朗の額からはじめて一条の汗が滴り落ちた。
見ると目の前の三吉は激しく黒ずみ、焼いた鉄の如く目がちろちろと熾っていた。
「おやっさん…。あんた、間違ってたぜ」声帯が焼け爛れたのか声がごつごつくぐもった低音に変化している「こりゃあ塗り薬じゃねえ…。飲み薬の方だぜ!」
そういうや三吉はトチ朗に飛びかかって行った。トチ朗は体をかわし、カウンターで喉を狙って手刀を入れて来た。
「死ねぃ!」だが、衝撃を感じたのはトチ朗の方だった。三吉の喉は鋼鉄の如く硬くなっており手刀が効かなかったのだ。トチ朗は痛みにのたうちながら攻撃を回避すべく壁に隠れた。だが三吉は追おうともせず、「秘伝の薬液、薬効ありだ!」と言って壁を素手で殴り穿ち、隠れていたトチ朗の手を握って瞬時に骨を砕いた。「ぎゃあああ!」壁の向こうから聞こえる絶叫。三吉は鋼の体を手に入れていたのだ。そして、その壁もろとも破砕しトチ朗の眼前に現れた。
「ひっ!ひぃい」恐怖と痛みから尻込みしようとするトチ朗。だが腕を掴まれてしまったままだ。「や、やめろ!」必死で蹴りを入れるが効かない。第一の形、第二の形…麻拳の形すべてを投入するも今や三吉相手にはまったく効き目がなかった。
三吉は不動明王のような顔でトチ朗を見据えたまま、攻撃を受け続けていた。そして、トチ朗の息が徐々に上がり、攻撃が弱まって来たのを見計らうや、ぽつりと告げたのだ。
「色々とありがとう。太子町で世話になった日々、忘れないよ」
三吉はそのまま手刀でトチ朗の首を刈り落とした。


四月の穏やかな日差しの中、南河内地方の爽やかな薫風を浴びて、二人は裏山にいた。相変わらず柔王丸を連れ歩いている。
「あったか?」とタコ丸。
「こっちはねえな。ボウズだわ今日も」と三吉。くうーんと柔王丸も鼻をならした。
「よっこらしょ」三吉はレジャーシートを敷き、黒光りする体を横にして休憩した。キャタピラをきゅらきゅらさせながらタコ丸が言った「あらかた持ってかれちゃったからなあ。ほんっと残念だよな」
くうーん、と柔王丸。
そこへ、女子達が現れた。芸術計画科のK子ちゃんと彫刻コースのHIDEMIXそして演劇科のヒョンスンだった。
「あんた達、いいかげんそろそろ授業に出たらどうなの?」
「そうよ。“お情け”で二回生に上がれたけど、このままだと三回生は厳しいわよ」
「そ!それにあんた達大体、何をさがしてるのよ。どうせヤバい物なんでしょ!?」
「そうよ、そうよ!」
彼女らは口々に三吉、タコ丸を咎め始めた。だけど手にはお弁当を持っている。そしてそのままレジャーシートに腰かけぺちゃくちゃ喋りながら弁当を食べ始めた。ピクニックである。大学は元の平静さを取り戻したのだ。
三吉とタコ丸は女子軍の問いに言い張った。
「ヤバい物じゃないってば、俺達トリュフに目覚めたんだから。なぁ?」
「おう!」
「くぅーん」

劇  終
(おしまい)

。たしまいざごうとがりあきだたいでん読でま後最