自己紹介

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イラストレーター、DJ ヨシダキョウベイ[Kyobei]/大阪芸術大学美術学科中退/伊勢志摩マニア お仕事のご依頼は kyobeya@gmail.com まで。

2015年4月23日木曜日

キョベレツ大百科「深夜弁当キテレツ5/1開業記念」イケメソ祭り

まいどです。約二年ぶりの更新お久しぶりでございます。キョベ屋近況報告ということで、イラスト仕事をばドン!その名も「深夜弁当キテレツ」ということで、5月1日開業の宅配弁当店のチラシへの落書きイラストを担当させていただきました。どうですかこのイケメン君。「お腹がすいたら俺にまかせてくれ!」てな具合に彼、店長キテレツくんが弁当両手に疾駆する姿を描かせて頂きました。嗚呼、なんて頼もしいんざんしょ。イケメンなんざんしょ。配達エリアは大阪市北区の兎我野町、太融寺、東通り、堂山ということで深夜に界隈でお腹を空かせたら迷わずキテレツ君に頼みましょうじゃありませんか。♪出前迅速、落書無用~♪って誰が落書きじゃぃ!(この歌が分る人はおじさんおばさん認定)


チラシデザインはアダチマサエ様のお仕事。すばらしい!

充実のラインナップ。そしてリーズナボーなプライス。

どうですか?深夜になる前にお腹がすいてきたんじゃありませんか?ね?ね?ね?もっと言えば彼にお会いしたくなったんじゃありませんか?ね?ね?ね?ね?

でもダメです。彼にお会い出来るのは23時以降なんです!なんせ「深夜弁当」ですからね!ぐわーーん。←せっしょうな。がぼーーーん。(゜-゜)きょべにぃ

…って、お待ち下さい。
そんな彼に一目ぼれした紳士(?)淑女の皆さま、ならびに5月1日の営業スタートまで待てない!という皆さまご安心下さいませ。
ここでは特別に、彼が生まれるまでの色々なお姿(ラフ案)をごらんにいれましょう。どうぞ!

A案。うーーん。お弁当放り投げかねない勢いですねえ。ピッチャー振りかぶって唐揚げ弁当投げた!!バッターアウト!って、喝だ!いや、ボツだ!


B案。もう少し迅速な感じが欲しいですねえ。徒歩ですか?闊歩ですか?散歩マスター?ボツ!


C案。何と闘ってるのでしょうか。しかも武器が頼りない。ん、ボツ!

D案。完全に「お弁当を食べに来た人」じゃないの。ボツ!ボツ!ボツ!

E案。弁当屋ですらない。何持ってるんだ。
F・・・もはや何も持ってない。

G案。これですよ。お待たせしました!すっ飛んで来た感!で、これに決定!


…てなわけでキテレツさんのイメージが固まりまして、

上記のイラストが出来上がった訳なのですが、

まだここで終わらないのがキョベ屋のスゴイ所
(スゴイのか?)

開業記念に特別にブラッシュアップ!
(入稿済んだというのに勝手に)筆を入れてみましたよーー!どん!
キテレツさん。ご盛業お祈りしております~。


2013年6月29日土曜日

まるごと「ディスカバリングジャパン」がわかるブログ(タイムテーブルもあるでよ)

さて、一週間後に迫ってまいりました和製グルーヴの祭典「ディスカバリングジャパン」ですが、連日ツィッター、Facebook、YouTube、クチコミ、伝書鳩、狼煙等で触れられています通り、来る7月6日土曜夜18時、大阪は南船場地下一階にて堂々開催いたします!タイトルに「ジャパン」と冠されている通り、和製レアグルーヴ、いわゆる“和物”ミュージックを中心に皆様を素敵な旅へと導き、そして「ディスカバリング」と銘打っている通り60年代、70年代、80年代、GS、歌謡曲、ニューロック、シティポップス、フォークロック…様々なスタイルの和製グルーヴィー・サウンドの数々を皆様に発見(ディスカバリング)して頂きたく存じております。そしてそれらのサウンドをお届けするに足るメッセンジャーを取り揃えました。ぜひともこの機会にあなたのDNAに揺さぶりをかけるであろう選曲とバンドサウンドの数々をお楽しみください!


☆DJ紹介☆



【ツクダ】


R&Bバンド" The Gear ”のベーシストとして関西MODSシーンの中心的存在となりながらも90年代以降は、伝説のイベント「僕は君と一緒にロックランドにいるのだ」を主宰する等、和物ミュージックシーンの形成にも大いに力を尽くす。関西におけるMODSシーン、和物シーン双方の黎明期を創った最重要人物の一人。まさに“和魂洋才”を体現する男が見せる最高の選曲に期待。
ツクダ



【たなちえ】


90年代、フリーペーパー「心のかけら」発行を皮切りに様々なイベントを企画。DJ、ライター、オーガナイザーとしての辣腕ぶりはチェルシィを広め、ジーシーズを発掘し、モンドダイアモンドをシーンに導きだしたという功績が物語っている。近年では自宅が会場という画期的イベント「田中な夜だ」を主催。長きに渡り関西和物音楽シーンを支え続けて来た“屋台骨”的存在である。
たなちえ

【タツ夜】


今年、関東より関西へとやってきた和物音楽界の荒法師。3月に難波Meleにて行われたイベント「Finking Time」での彼の(ほぼDJブースから飛び出してフロアーど真ん中に居るという)怒涛のプレイスタイルに度肝を抜かれた我々は、今回の「ディスカバリングジャパン」企画にあたり、まず彼の起用を念頭に置いた程である。もちろんエネルギッシュなだけではなく奥方トモミンヌ様とのタッグによるユーストリーム番組「サウンドナウ!」における選曲の妙は、ポップミュージックに精通・知悉した者が持つインテリジェンスに裏打ちされている。是非彼のスピンに期待してほしい。
タツ夜



【鈴木やすし】



ドラマーとしてBackdoormen、The Hair等、東京MODSシーン屈指のバンドを経た後、自身のバンドTHE TRAMPを起ち上げ精力的活動を展開。また、渚ようこやハプニングス・フォー等多彩なミュージシャンのゲストプレイヤーとしても八面六臂の活躍を見せるが、それにとどまる事なくコンピレーションアルバム「昭和ダイナグルーヴ」シリーズの監修や自身主宰のイベント「BEAUTIFUL HUMANLIFE」等を手掛ける等、DJ、オーガナイザーとしても和物シーンを牽引し続ける、文字通り“和モッド”の顔役である。
鈴木やすし(THE TRAMP)



☆出演バンド紹介☆



【パルタイ】

土佐モノGSの新星、初の来阪です!「かわいい」「キュート」を売りにするガールズバンドとは一線を画する、やさぐれ女のアングラグループ。グループ名も地元土佐山田出身の作家 倉橋由美子氏の作品に由来する。正にガールズバンドの左派。ドラムのミドリと、ギターボーカルのミッチーが出会う、二人とも情報やシーンからは疎遠の町で思春期からGSや歌謡曲を世間の流行りをよそに一人聴き続け、ハクションズ※を介して知り合い意気投合。勢力的にライブ活動を行っている。インパクト強い土佐モノGS界の妹分。挨拶がわりの熱演にご期待下さい(おじま)
パルタイ


※ハクションズ…高知にて活動する、元ジーシーズ井関氏によるGSバンド


【THE BOOTS】


Vo,シュウ君とRead G,今泉氏
岡山が誇るMODイベント「FUNKY BROADWAY」主宰であり、フリークビート・バンド“carburettors”のリーダーでもある小山茂(a.k.a Choux)の呼びかけで1993年に結成。今年3月に神戸で結成20周年ライブを果たしたばかりであるが、その熱気冷めやらぬ中での関西再登板。シド・バレットが居た頃の初期ピンク・フロイドを彷彿とさせるサウンドに舞い飛ぶ日本語の歌詞。浮遊感溢れるサイケデリックサウンドを是非堪能下さい。
THE BOOTS

 参考資料シュウ君のブログ→ http://ameblo.jp/choux69/entry-11483788794.html


【ジーシーズ featuring ヨシダキョウベイ】

ヨシダキョウベイ
「ロックンロール番長集会」等のイベントを主宰し、90年代後半の和物~ガレージ~60’sシーンの隆盛を支えた男、おじまゆうさく(Guitar)率いる日本語ロックバンド。おじまと彼の相棒、益田主任(drums)そして新加入の河田マサオ氏(Bass)の三人がおりなす鉄壁のバンドサウンドは評価が高く“さすらい”や“孤独”をテーマとした歌が明快なメロディと激しいビートに乗って聴く者の心を強く打つ今イベントのホストグループでもある。そして彼らに加えて大阪のGSバンド、ザ・ユーゾーズより、Voを担当し「フリフリ’95」等の様々な和物イベントを90年代、世に送り出していた不肖、私、ヨシダキョウベイがタッグを組みます。
ジーシーズ


【THE TRAMP featuring Marie(from  Les Cappuccino)

99年、東京にて結成。日本のグループサウンズや歌謡曲、また同時期の洋楽のカヴァー等をレパートリーにメンバーを流動的に変えながらも活動を続け、06年vo.の松江サキ加入を機に現在のラインナップとなる。09年、アルバム『SOUND OF R&B』、11年『TRAMP』を発表。東高円寺U.F.O.CLUBをはじめ、主に都内各所で行なわれている60sパーティー等でライヴを繰り広げている。60年代後半~70年代前半のR&Bディスコテークの薫りを漂わせる彼らのステージは評価が高く、スパイダースかまやつひろしとの共演やTHE ZOMBIES来日公演のオープニングアクトを務めるなど躍進にいとまがない。尚、7月6日当日は特別セットとして日本が世界に誇るMOD instrumental コンボ「 Les Cappuccino(レ・カプチーノ)」よりOrganのMarie(マリー)さんがジョイント致します。見逃せないステージに乞うご期待。
THE TRAMP

Marieさん(Les Cappuccino)を迎えたTRAMPのステージ


☆タイムテーブル☆


【open/start】
18:00~18:20 DJ タツ夜
18:20~18:40 DJ たなちえ
18:40~19:10 ザ ブーツ
19:10~19:30 DJ ツクダ
19:30~20:00 ジーシーズ&キョウベイ
20:00~20:30 DJ 鈴木やすし
20:30~21:00 パルタイ
21:00~21:20 DJ タツ夜
21:20~22:00 トランプ
22:00~22:20 DJ たなちえ
22:20~22:45 DJ ツクダ 


以上、4DJ4バンドによる最高にグルーヴィーな夜。どうぞ織姫様彦星様お誘い合わせの上たなばた前夜に奮ってご参加お願い申し上げます。!メンツは揃った。いざゆかん。ゴー!(告知動画も見て行って下さいね~)


「港町ブルース presents ディスカバリングジャパン」
7月6日㈯
open/start 18:00~22:45

at/南船場 地下一階
 大阪市中央区南船場1丁目1-12
 企業交流プラザビルB1F
 [TEL] 06-6263-1133
 http://www.perversion-web.com/chika-ikkai/top.html

CHARGE/前売当日共に¥2500(1ドリンク込)


【DJ】
   ツクダ(ex The Gear,メリケンブーツ)
   たなちえ
   タツ夜
   鈴木やすし(THE TRAMP)

【LIVE】
   パルタイ(高知)
   ヨシダキョウベイ&
   ジーシーズ
   THE BOOTS(高知、岡山、京都)
   THE TRAMP(東京)
      featuring Marie (from Les Cappuccino)

2013年5月18日土曜日

【速報】7月6日に大阪は長堀橋地下一階にてイベントやります!

たなばた前日。大阪は長堀橋地下一階にて和製グルーヴの祭典、開催いたします。
その名も
ディスカバリングジャパン!
詳細は追ってアップいたしますね!ではではではでは!

2011年12月31日土曜日

大晦日―2011年という転換期を振りかえって

2011年もあと数分で終わろうとしています。皆さまいかがお過ごしですか?私は出会いと別れの交錯するこの一年をスルメイカと共に噛み締め、ビールと共に流し込んでいる最中であります(嘘)。
思い起こせば新しい友が出来たり、旧友との十数年振りの再会を果たしたりと楽しい出来事もあれば、元バンドメンバーの急逝や馴染みの店の閉店等、沢山の別離も経験する一年でした。

ある意味、2011年は転換期だったのかも知れません。

新しく起業をされた方や、転職先を決めた方もいます。その逆で退職をされる方を目にする機会も今年は非常に多くありました(個人的にも現在勤務中の会社を来年初頭に退職する旨、社主に伝えたばかりです)自他共に皆、流動的になっているのを肌で感じる一年でもありました。

他方、震災等で多くの命が失われ悲しいニュースが連日吹き荒れる中、新しい生命を授かった友やこれから授かることになった友人も多数現れました。命のリレーが確実に繋げられていく瞬間を垣間見せられたことにより、当人のみならず周りの我々もまた大きな感動や勇気や励みを感じる事が出来たのであります。実のところ、これこそが大きな転換点だったと思っております。

さて皆さま。これらの転換を経験した方、これから転換する事をチョイスした方、或いはしなかった方も含め、来年はその〈選択〉が限りなき飛躍の為のファースト・ステップとなりますよう、祈っております。


では皆さま佳いお年をお迎え下さい。

2011年某日 明治神宮にて
(明日の元旦は混むんちゃう?w)
敬具



2011年12月22日木曜日

限りなく漆黒に近いナニワ

師走の大阪をかけめぐると、身体が冷える上、腹も減る。という事で、今日はおでんであったまろうと思い、某所へと向かいました。何故、某所と記したかと言うと、今回ばかりはあまり人に教えたくないのです。なぜ教えたくないかと言うと非常に美味しいから内緒にしたいのです。内緒にして独占したいのです。
ならば、わざわざブログにて発信する事もなかろう、心の中にしまっておけよアホンダラとのご指摘、ご指南、ご指弾を受けるのは百も承知なのですが、黙る事数分、口の傍がむずむずしてやみません。
 どうやら私は、旨いものを食べ、なおかつその店があまりに世間に知られていないとなると、自慢がしたくて仕方ない性分のようなのです。隠したいのに自慢したいというどこか恋に似た(いや違うな)ねじれ現象を引き起こしております。なので今回は不親切モード全開。皆様にとって非常に不愉快な形で紹介させて頂く事をあらかじめご了承下さい(笑)。

大阪市内の東側にあるこのお店、はっきり言って地元の住民にしか知られてないのか、昼ごはん時にやや忙しくなる程度で、お世辞にも繁昌しているとはいえません。今日も昼一時過ぎに暖簾をくぐると既にお客は誰もいませんでした。テーブルにて店主一人ぽつねんとごはんを食べていたくらいです。
あ、もちろん今回は店内の写真もアップしません。申し訳ありません。意地悪ですか?と問われたら、そのとおりですと答えたくもあります。なんせ自慢したいが教えたくないという非道極まりない思いに基づき書いていますもので。おほほ。

…と、徹底して情報を少なくしていると、いつか腹にすえかねたグルマンの紳士淑女から待ち伏せされ角材やら鈍器にて闇討ちに遭わないとも限らないので、若干の描写も加筆致しましょう。

店内は、大衆食堂そのまま。三和土にテーブルが数卓置かれ、天井近くにテレビがあり、銭湯にあるような鏡が壁に設えられ、ガラス張りの棚には、焼き魚、煮物、おひたし、サラダ等が陳列されてあり、そこから、思い思いの小鉢を選んで持って行くというごくありふれたスタイルのお店であります。

まあ、大ごはんを註文すると“まんが盛り”(まんが日本昔ばなしに出て来るような山盛り)で出て来るというくらいでメニューにさしたる特徴はありません。

但しおでんは別です。勤め先からも、市内中心地からも、さらに言えば駅からも遠く懸け離れたこの大衆食堂までわざわざ赴くには訳があります。

そう。おでんが黒いのです。

…もとい、おだしが黒いのです。

高々黒いからってわざわざ足を運ぶなんて物好きな…と仰らないで下さい。ほぼ透き通ったおだしが主流の関西のおでんにおいてはとても珍しい事なのです。かといって関東風のおでんなのかといえばそうでもなさそうです。濃い口のおだし主流の関東のおでんですらここまで黒くないだろう、という程の黒さなのです。

おでん種を勝手に選んで皿に盛るというセルフ・スタイルの為、鍋が自由に覗けるのですが、これがまた、重油に浸けてるのかよ、と思うくらいだしが真っ黒でした。 ぐつぐつ煮込まれたちくわやごぼ天はもはやすり身の色ではありません。ブードゥーの呪いにかかった魚類でも使ってるのかと思うくらいのどす黒い色相を呈しているのです。


ちょっと写真では伝わりにくいか…(実際もっと黒いw)

こんな、褒めるどころか貶めているような表現ばかりですが、けっして不味いわけではありません。むしろその逆です。味は黒さに比例してよくしみ込まれています。じゃがいもも中までおだしがしみわたり、香ばしさまで感じる程なのです。ごはんがすすむ味わい。気付けば、白ご飯とおでん以外何も註文していませんでした(それだけで充分でした)恥をしのんで言いますと、皿に残ったおだしをご飯にかけて食べたくなる、抗い難い欲求が沸き起こる程の旨さなのでした。
この黒さはおそらく、今流行りの“静岡おでん”なるものに違いない(勿論、静岡おでんを食した事はないのですが)そう確信した私は店主に思いきって質問してみました。
「ご出身は清水とか焼津とかですかねぇ?」
店主「はぁ…」
「あ、浜松の方でしたか?静岡って広いですもんねぇ」
店主「わたい奈良でんねん」
「あー」

まったくかすりもしなかった。俺の目は節穴であうううう


2011年11月10日木曜日

さようならととや-「難波元町焼酎居酒屋ととや」での夜

先月30日を以って我が愛すべき居酒屋、秘密基地、たまり場、オアシス、酔いどれ船…「難波元町焼酎居酒屋ととや」が店仕舞いをしました。我孫子の地で3年間、難波の地で6年間と、合計9年間の営業期間に幕を下ろしたのであります。
思えば私は後半の2年間しかお邪魔出来ませんでしたが、この短い期間にここで出会った友人知己、彼ら彼女らとの数々の思い出は私のかけがえのない財産となりました。

さみしい限りです。主に週末の夜、何処で呑もうが最終的に、ととやへと流れて行くのがここ2年間の私の習慣でした。それこそ神戸で呑もうが奈良で呑もうが梅田で呑もうが、であります。ここ難波元町に舞い戻り、マスターすうみんの働く姿や常連である「ととや民」の姿を見なければすっきりしませんでした。彼らの声を聴き、話す事で初めて週末が来たと実感出来たものです。

ライフサイクルもここで一旦変化を迫られているのですが、代わりになる店などあるわけがありません。勿論、これからも呑み屋には行き続けるでしょう。週末になると赤ちょうちんやら杉玉のぶら下がる店を探し暖簾をくぐっている事でしょう。ですが、あの数々の夜に勝る時間と出会いを提供してくれる空間などもう存在しないと思えるのです。
カウンターからの眺め


数あるメニューの中でも特に忘れ難い「鶏飯」
第6回難波元町島唄大会のもよう


素敵なセッション


僭越ながら私も最後の周年祭に出演させて頂きました。下の動画はその時の模様でございます。


そして周年祭最終日のトリを飾ったのはマスターすうみんの親友、三十川十三氏。


営業最終日にはなんと開店時から貯蔵していた焼酎「爆弾ハナタレ」を頂きました。度数44度で9年物。


合鴨ロース、ポテサラ、筑前煮…最終日を飾る素敵な小鉢メニュー
営業最終日の光景。中でも外でも乾杯。
名残惜しむ人々。ととや最後の夜。

不思議な縁の糸で手繰り寄せられた人々が、お世辞にも広いとは言えない店のカウンターに集い、夜な夜な杯を傾け、盃を交わしていました。生中。焼酎。泡盛。ジョカ。お湯割り。梅酒。冷酒。ワンカップにオリオンビールetc…。様々なお酒が登場しては各々の五臓六腑へと沁みわたって行きました。ゴーヤチャンプルー。そうめんチャンプルー。スパムステーキ。焼きうどん。鶏飯。唐揚げのおろしポン酢和え…。数々のメニューとそれを食べる幸せそうな顔がいつまでも忘れられません。


本当にお疲れ様でした。楽しい日々をありがとうございました。もっと沢山の人達にこの店の存在を教えてあげたかったのですが、やむなく一旦ここで別れを告げる事にします。さようならととや、長旅お疲れ様でした。「ととや」という船がまたいつか私達を載せて酩酊の海へと出航してくれる事を祈り、乗組員一同期待を胸に一旦解散致します。そして新たな旅の始まりに乾杯!

皆さま、ボン・ボヤージュ!

2011年9月8日木曜日

キョべ屋短編劇場: 半径5mのラブソング


三平は過日オートバイを購入したばかりなので恐らくはそれに跨って来るだろうと思いきや、GジャンにGパンといったおよそ冬の運転には頼り無いであろう出で立ちで玄関に現れた。どうやら吹きすさむ十二月の風に耐えきれず新車の御披露を諦め、いつもの軽自動車でやってきたのだった。
開演時間まで二時間ほど余っていたので三平を部屋に招き入れ、バイクの話を皮切りにしばらく駄な話を繰り広げた。しかし話が伊藤のバンドの事から伊藤の嫁の事にまで及ぶと自分の口調が愚痴めいた物になっているのに気付き、自重すべく話を切り上げ、全国御当地味巡り的TV番組を見た。おかげでお互いに空腹感を覚え、ライブ観覧前に飯でも摂ろうかと早めに家を出ることにした。
玄関から軽の助手席に着くまでの間、私はこの冬一の寒風に吹かれながら三平が単車をやめにして正解だと実感していた。シートベルトをしめながら三平は白い息を少し弾ませ、こちらの想像どおりの質問をしてきた。
「ノリオ何食べる?俺何でもいいけど」
私は半ば呆れながら用意しておいた答えを返した「大正区辺りで御飯物にしようぜ、ハコのすぐ近くでファミレスも多いしな」
「ハコって何?」
「ライブハウスの事やがな」
「へー」三平はハンドルをきって駐車していた場所から車を道路に戻し、発進させ、また想像どおりの言葉をつらつらよこした。「とりあえずノリオにまかせたから道順教えてよ」
こん畜生、と私は思った。相変わらずいつものとおりってわけか。こいつは一体いつになったら自分で物事を決められるようになるんだろうか?いつだって漠然とやって来ては『何しよう?』『どうしよう?』『何処行こう?』の繰り返しじゃないか。まったく、無計画にも程が有るぜ。こいつと来たら一から十まで誰かにお膳立てしてもらわなければ気が済まないらしいや…などと内心苛立っていると三平がぽつりと言い放った。
「いい店が見つかったらすぐ言ってな、すぐ車停めるし」

 夕闇の中、さほど賑やかではない住宅街をぬけ、港湾地区行きの電車が走る高架線路の下に沿うように伸びる道路を西へ向かった。三平にとっては不慣れな道だがその方角が大正区への近道になるはずだった。
三平側の、即ち運転手席の外に見える高架下の景色は薄暗く、支柱らしき鉄骨が凍えるように立ち並んでいた。私の座っている助手席側の窓からは閑散とした歩道が見え、街路樹が強風に傾いでおり、私の視界に冬の寒さをより一層強調せしめていた。
「伊藤さんのバンドの出番って何バンド目なん?というか、調子どうなの?」
「えっ?」私は一瞬返事に窮し、曖昧模糊な答えを見繕った「んー、さぁ、多分うまいことやってんじゃない?」
「そう、よかった」三平は訊いてはみたがどうでもよいといった感じでフロントガラスの先を見つめながら手際よく次の質問に移っていた「タミちゃん元気かなぁ、伊藤さんとの新婚生活うまくいってんのかなぁ?」
「まー、うまくやってるでしょう」
「最近会ったりしてないの?」
「うん、まあね」そう気楽に会えるものか。私は勝手にカーステレオに手を伸ばしCDのスタートボタンを押した後、思い出したかのように言葉を繋いだ「あいつらの結婚式の二次会以来かなぁ…」
車内に曲が流れた。聴き覚えのある安物のロックだった。だらだらとくだらないギターによるくだらないイントロの後、どうしようもないボーカリストによる半径5m圏内の恋愛を描いた歌が延々続いた。典型的FM局押し売りソングだ。
 悪寒。永久凍土。富士の樹海…。三平の音楽センスを疑い私はうんざりしながら押し黙っていた。ところが三平が思わぬ事を言った「これ、俺が中二の時にノリオに薦められて買ったCDなんだぜ、憶えてる?」
「えっ!」虚を衝かれ、恥ずかしさに私は顔が真っ赤になった「そ、そうだったっけな…」
「そうだったけな…ってなに言ってんのさ」三平は続けた「三年前にもノリオ、伊藤さんとタミちゃんと呑んだ時、カラオケで歌ってたよ。これ」もはやフルチンで小学校のピロティに立たされている気分だった。だが三平はお構いなく続けた。…実はあの頃さー、この曲全然良さが解らなくてずっと聴かずに放ったらかしにしてたんだけどね…この間何も聴く物が無くて久しぶりに聴いてみたら案外良くてさー…。私は何も言えず、心の中で再度三平の音楽センスを訝った。三平はなおも続けた「ギターがいいよね、特にイントロのフレーズが何というか、こう、クールな感じでいいよね」
「あ、はは、は、そう…だね?」私は苦虫を千匹噛み潰して応えた。三平はCDにあわせてメロディを口ずさみ出した。が、しばらくすると交差点に差し掛かり車を減速させ(口ずさむのを止めて)こちらを向いた
「まだ真っ直ぐ進むの?」
「うん、まだまだずっとな」
交差点を通り抜けた時、三平側の窓に反対車線を行くバスの灯りが横切った。外はすっかり暗くなっており道路を照らす街灯が寒風とともに宙を舞っては過ぎ去って行った。
 三平はまたメロディにかまけ始めたが私は半ば気にならなくなっていた。それよりも三平が先程言った三年前の日々を思い出し様々な事が胸に去来していた。窓を過ぎ去る灯り。安物のロックミュージック。コーヒーを飲み、ガムを噛み、眠気を振り払い運転する伊藤と、その傍らでシートのリクライニングを倒しメロディにかまけている私。後部座席ではすやすやと寝息を立てているタミコ。山陽自動車道パーキングエリアでのミーティング。車内後部座席でタミコと始めて手を繋いだ夜。ライブハウスやクラブ・イベント、CDショップでのインストアライブ…私達三人が紡いだハーモニーの数々、それがいつから狂ってしまったのか。遠い過去の様にぼやけながらも、部分的に生々しい記憶が、窓の外、夜の闇に傷口を開けていた。あの頃私達三人は確かに半径5m圏内に居たのだ。伊藤はあの頃よりギターが巧くなったのだろうか?…
「これ、まだ真っ直ぐ行くの?」
「えっ?」三平の言葉に我に返り前を向くと二つめの交差点に差し掛かっていた
「あ?ああ、まだ、まだ、真っ直ぐ、真っ直ぐ」
その瞬間、のろのろと逡巡しながら進む車を急かすように後続の冷凍トラックが勢いよくクラクションを轟かせた。三平は慌てて速度を取り戻そうとしたが、後続車はそれぞれ呪いの表情を見せながら一台、二台と我々を追い越して行った。
つられて三平も呪いの表情をこちらに向けた。
「しっかりしてくれよなぁ、俺、道しらねぇんだしさー」
「ごめんごめん、俺ナビゲートする役目忘れてたわ」少しの怒気を孕んだ三平の言葉を受け、三年前の思い出から姿勢を正しつつ私は慌てて付言した「えーっと、確か信号があと三つか四つ来たら右折の筈だから」
 しばらく直進を続けていると道路に面して商店の櫛比する区域に入った。弁当屋、ペットショップ、喫茶店、酒屋、それぞれがそれぞれのルクスを晧晧と道端にばらまいていたが相変わらず街路樹の枝が風に震え、寒波に身をすくめた人々が辺りを三々五々歩いているといった寒々しい光景に変わりは無かった。一際光量の目立つ大型古書チェーン店でさえ、その郊外型の広き駐車スペースに車もまばら、小学生や主婦の物と思わしき自転車が放縦に散立しているのみだった。
「こんな所にブックオフなんて在ったっけ?」と三平が言った。
「うん、つい最近出来たんだけど、本もCDもあんまりいいの揃って無いからなー、あるのは『マディソン郡の橋』ばっかりだしさ…」といいながら思い出したかのように私は続けた「あ、次の交差点で右折な」
「でも、見たところDVDのコーナーもあるし、『ゴッド・ファーザー』くらいは有るんじゃないの?」店舗を左横目に三平は私のナビゲートをすっ飛ばして言った。減速する気配も無く、差し掛かった交差点をもすっ飛ばそうとしていた。
「三平そこ!」私は声を少し荒げた「そこで右折だってば!」
「えっ??ぬぁぁここか!?もう一つ向こうかと思ってたよ!」三平は慌ててハンドルをきって交差点を乱暴に右へ折れ、勢いそのまま反対車線を渡ろうとした。助手席側の窓からは高架を支えている柱がすぐ真横にあった。そこから三平が車の前輪部分を反対車線側に出した瞬間、柱の影から射るような光が近付くのを感じた。見ると4WDのバンがこちらへ迫って来ていた。恐怖で蒼ざめながら私は叫んだ「危ない!三平!車来た!クルマ!」
「え?…うわ!」三平は車を急停止させたが運悪く車体の半分は既に反対車線に乗っかっていた。バンのクラクションが轟いた。
「うわ!うわ,うわ、どうしよ!」三平は叫んだ。急ブレーキを踏んだ為エンストを起こした車は、突進するバンに対して左の横っ腹を見せたまま動こうとしなかった。
「早く!早く!三平!」
迫り来るヘッドライトの光。急ブレーキをかけているのだろう、バンから悲鳴のような音がしたがすぐにそれは路面をスリップする時の摩擦音に変わっていた。
 私はもがくように叫んでいたがバンの装飾的なフロントグリルがありありと視界に入って来た時点で叫ぶのを止め、半ば死を覚悟し、反射的に両手で頭を蔽い身を屈めた。


 次の瞬間、頭蓋を揺すぶるような音と衝撃が走り、窓ガラスが粉々に砕け、飛び散り、ドアが何者か動物的な力によって圧されてひしゃげ車体ごと弾き飛ばされるのを感じた。金属的破裂音、圧倒的な力、飛び散る破片、それらを一斉に浴びせかけられ、私は目を閉じたまま固まっていた。


 「大丈夫かノリオ!怪我無いか?ノリオォ!」動揺と恐慌に満ちた声で運転席の三平が私を揺すぶっていた。
(お、おー、俺…まだ生きてる?…か?)私は内心確認するように呟いた。すぐに意識があるのが解った。しかしあまりの出来事に言葉がすぐに出なかった為、三平は尚も私を揺すぶり続けた。
「ノリオ!しっかりしろ!ノリオ!」
私は茫然としながらも上体を起こし、辺りを見廻そうとしたが左眼に窓ガラスの破片が入っており目を開くことが出来なかった。
「ノリオ…大丈夫か?何処か怪我してるんじゃないか?」三平が今にも泣き出しそうに声を震わせた為、私は慌てて返事をした。
「あぁ、なんとか、無事みたい…」目をしぱたかせ、指先で破片をこそぎ落として辺りを見廻した。側面のドアは見事なまでに凹み捻じ曲がって、私の太腿に寄り添うようにくっついていた。あと少しで左脚を丸ごと食い尽くさんとばかりに、先程までドアだった鉄片がふくらはぎから爪先にかけて乗っかっていたが、痛みも殆ど無く、容易に足を抜くことが出来た。
窓はすっかりガラスが抜け落ち十二月の寒波が容赦無く車内にも吹き荒れていた。
「あぁ、俺、さっきノリオが死んじゃったと思ってさ…」三平が安堵の表情を見せながらも申し訳なさそうに言った「本当に何処も怪我はないの?」
「うん、なんとか無事みたい、でもこれ、すごいことになったな。修理ももうアウトじゃない?」私もナビゲートを任されていた分申し訳ない気持ちがした。三平はそんな事気にするなと言って視線を外に向けていた。
外では、フロントグリルが跡形も無くひしゃげ、バンパーはへこみ、鼻っ面を潰されてあらぬ方向を向いているバンの巨躯があった。右のヘッドライトはもげ落ちてどちらの物とも判別しづらい路上の破片に紛れ、ワイパーは折れ曲がり宙を指していたがフロントガラスはなんとか無傷のようだった。そのガラス越しに車内に男女の姿が認められた。どうやらあちらも無事のようだった。
私は体中に浴びた破片を払い落としながら後部座席にゆっくりと移った。その動作はゆっくりではあったが、あまりのスムーズさに逆に自分は今死んでいるのではないかとさえ疑う程、肉体が軽かった。脳が身体の重みを忘れているのだ。
三平はボクシングのレフェリーの様に私が無事かどうかと再三確認した後、寒さに身をすくめながら車外に出て行き、思わぬ事態に不貞腐れたような表情をしたバンの運転手らしき男と何やら話し始めた。だがすぐにもそれは怒号と罵声の入り交じったものに変わって行った。バンの助手席にはふくれっ面の女が携帯をいじくっていた。
しばらくしてパトカーとオートバイに分乗した五、六人の警官がにやにやとやって来た。検分の合間にナイターの試合経過を挟みながら二人の免許証や車検証を調べてにやにやと世間話をしていた。
私はそれらを後部座席より見つめながら終始まどろんでいた。冷たくなったシートに身を横たえているとまるで車輪付きの柩に居るような気がして生きた心地がしなかった、というより自分が生きてるかどうかすら怪しいものだった。
目に映る現実すべてが覚束無い物に思え瞼を閉じてみた。ところが次の瞬間、聞き覚えの有る音がして慄然とした。

ちゅゅゆんっ ぱらぱら ぱーらぱ
ちゅゅゆんっちゅぴろぽん ぷーへぷー
らーぶ らーぶ せかんどらーぶ…

先程までぶつかったショックで鳴りを潜めていたカーステレオが突然息を吹き返し、身も凍えるようなハッピー・サウンドをスピーカーより轟かせ、ガラスのぬけ落ちた窓から事故現場に半径5mラブソングを流し始めたのだ。警官が慌ててこちらへ怒鳴った「こら!エンジンを切りなさい!危ないだろうが!」私は何もしていない旨伝えたが信じてもらえなかった。だがそんな事よりも頭皮に微かな痛みを感じてならなかった。髪を手櫛で掻き分けたところ窓ガラスの破片がぱらぱらとフケのようにちらばり落ち、頭頂部から血がしたたか滲み出ているのが判った。その時何故か私は伊藤の事を思い出した。そして真っ暗な車内で時刻を確認すべく腕時計を見ようと試みた。だがすぐにも止めた。無駄な事だ。それよりもライブを観に行けない口実が出来たのだ。そう思うと何故か喜びに似た感覚がよみがえって来た。車内には安物のロックが流れていた。私は生きている。